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この世界は、四神と呼ばれる神様が暮らす世界なのだそうだ。
鈴音が暮らしていた世界とは次元が違う、全くの異世界。住んでいるのは四神と、少しの眷属のみ。
そこに、ごく偶に現れるのが迷い人と呼ばれる人間だ。
迷い人とは、文字通り異なる世界からこちらの世界へ迷い込んでしまった人間の事を言う。規則性はなく、現れる場所も性別も様々。何より。
「今まで、ただ一人として元の世界に帰った人間はいない。つまり」
「私は、もう二度と、元の世界には帰れない……?」
「迷い込んでくる原因すらわからないのだ。帰る為の方法を調べようにも、それができない。……残念ながら、現状では帰ることは不可能だ」
玄武が、事実を濁したりする人でなくてよかったのかもしれない。下手に誤魔化すような人であったら、鈴音はかすかな期待を持ったまま生活していく羽目になったかもしれないから。
ある程度、予想はしていた事だった。
知らない人に、知らない場所。見たことのない特別な力。それらを受け止めた時、鈴音は最悪の自体を予測して身構えていた。
「そうですか……もう、帰れないんですか」
「……大丈夫か? 君の涙くらい、包み込んでやれるくらいの器は持ち合わせているつもりなんだが」
「いえ、本当に大丈夫です。 予想は、していましたから」
「そうか……」
どんなに口では気丈に振る舞っていても、抱きかかえられているんだから、鈴音が小刻みに震えている事を玄武は気がついている。握りしめられた両手が、力を入れすぎて白くなってしまっているのにも、気がついている。気がついていて、何も言わない。気がつかない振りをしてくれている。
ただ、抱きしめて、両手を包み込んでくれている。伝わってくる温もりが、大きな安堵感をもたらしてくれる。
震えが止まったタイミングで、玄武は静かに言葉を紡いだ。
「受け止めきれないだろう。私にも、非情な事を告げている自覚はある。……だが、どうか目を逸らさないで欲しい。世界が違ったとしても、息づく生命の美しさは同じだ。この世界を愛してくれとは言わない。どうか……どうか、嫌いにはならないで欲しい」
今の鈴音には、直ぐに世界を大切に思うことはできない。好きになることもできない。愛することなんて、当然できそうにない。でも。
「そう……ですね。嫌いにならない様に、努力はしようと思います」
帰ることが出来ないのなら、この世界のありのままを愛する努力をしよう。だけど今はまだ、嫌いにならない努力をすることで許して欲しい。