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鈴音を両膝に乗せたまま上機嫌な玄武と、抵抗に体力を使い疲れ切ってしまった鈴音と。
ぐったりと身体全てを玄武に預けきっている鈴音は、もはや虫の息である。目の前で湯気を立てているお茶にも、綺麗な砂糖菓子にも、目を向けている余裕はない。
「もう……いいです、諦めます……」
「その方がいいだろうなぁ」
他人事の様に笑う玄武が恨めしい。だが、この短時間で鈴音は学んだ。この人に言った所で、暖簾に腕押し、であると。
(人の話を聞いた上で、それを無視するって、聞いてないよりタチが悪い)
まさにタチが悪い、としか言いようがない男である。
どうしてか鈴音を抱きしめるのが気に入ってしまったのか、それとも抵抗する様子が面白かったのかわからないが、玄武は決して離そうとはしない。大事に大事に抱きしめて、偶に頭の上に顎を乗せてみたり、やりたい放題だ。
「さて、それではゆっくり話をしていこうか」
「それじゃあそろそろ離し……」
「離さないよ?」
予想通りの返事に、がっくりと下を向く。
(気が変わってくれてないかなーとか、期待した私が馬鹿だった……)
完全に諦めた気配を感じたのか、玄武が人の頭の上で喋り始める。
「改めて、こちらの世界へようこそと言うべきかな? 迷い人のお嬢さん。先程も言ったが、私は玄武。黒の巨大な亀の本性持つ、人ならざる者だ」
「私は、鈴音です。天童鈴音と言います。玄武さま、とお呼びしても?」
神であるならば、鈴音は仕える者として敬称を付けなくてはいけない。強制されている訳ではないが、これは鈴音なりの線引だ。
自分とは違う存在なのだと言うことを忘れない為の、戒め。自分の身を守る為のものでもある。
「本当は敬称などいらないのだが……譲る気は、なさそうだな」
「はい」
これだけは譲る訳にはいかない。
「ならば、その呼びでいい。……何から話をしようか。初めは迷い人から、がいいか」
丁寧に説明された話は、到底鈴音の理解の範囲外であったということは、言うべきもないだろう。