序
輪郭のおぼろげな、本当に存在している事すら疑いたくなるくらいの儚い少女。
「あなたは、この世界に来たことを後悔しているの? この世界に来たことは不幸な事だった?」
悲しげな少女の言葉に、首を横に振る。
「いいえ、後悔なんてしてません。始めの頃はとても悲しかったけれど、今は幸せだったと断言できます」
「それなら何故……あなたは帰ろうとしているの?」
少女の声音に涙が滲むと、真っ白だった風景が煙のように揺らぐ。その様はまるで自分の心を表している様で、苦笑が漏れた。
「これ以上、私はあの方の側にはいられないのです。私が黒を纏っている限り、花嫁になれない事を知っているんです」
何度望んでも、何度祈っても。生まれ持ってきた色は変わらない。
私が願った所で、黒い髪も瞳も、変わることなどあり得ないのだから。
「運命は、皮肉なもの。きっとお互い気がついている事なのに、見えているはずなのに。どうして見えない振りをするの? 私にはそれがわからない」
「……ごめんなさい。私にはその言葉の意味がわかりません。見えているとは、一体……?」
私の言葉に、少女は意味ありげに笑ってみせた。
「直ぐに思い知る事になるわ。私が言うことじゃない」
少女の言葉が終わった瞬間、白い世界が激しく乱れる。誰かがかき乱している様な、何かを探している様な、そんな感じ。
今にも掻き消えてしまいそうな世界に慌てていると、少女が音もなく私の肩を掴んだ。
「ほら、お迎えが来たみたい」
「え……っ?」
トンっとそのまま押される。そんな小さな身体のどこに力があったのか、よろけてしまうぐらい強い力で押されて。
みるみるうちに身体が倒れていく。
何をするのか、と考える暇もなく近づいていく床らしきものに目をつぶった。
側で、何かが落ちた様な大きな水音がする。
激しく水を叩く音と共に、温もりに包まれて。唇に火傷してしまいそうな程熱い何かが触れた。
急激に空気が流れ込んできて、思わず咳き込む。
苦しさに滲んだ涙を溜めながら開いた視界には、今にも泣き出しそうな愛しい人の顔が映っていた。
気まぐれ更新になります。
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