2話 弱体化
「うわぁ!! はぁはぁ……」
ユキは飛び起きた。顔は真っ青で、衝撃のあまり肩で息をしている。それもそのはずで、突然エレミリナに見せられた1000回におよぶ勇者の活動記録。それが今も頭の中でフラッシュバックしている。ただ、長い記録を見て気分が悪くなった訳ではない。
もっともユキに衝撃を与えたのは見せられた記録の内容だ。召喚された勇者が魔人と殺しあう。魔獣や魔物との戦いはVRMMOで似たような経験をしてきたために問題は無かった。ただ、PVPでは無い本物の人殺し。それがユキに途轍もない衝撃を与えた。飛び散る血、鉄の匂い、そして死んだ人間や魔人の腹部から毀れ出る臓物。どれも見ていて気持ちの良いモノではない。
極めつけは魔神との対決。結末は何れも勇者の死で幕を閉じていた。見せつけられた圧倒的な力の差。召喚された5人の勇者が束になって掛かっても10発も攻撃を当てられない。当たったとしてもかすり傷程度のダメージだけ。こちらは一撃喰らえばほぼ即死だ。魔神との戦いに勝機など見出せない、結果は明確で絶望的だ。
「こんなのどうしろって言うんだよ」
「魔神の力を削いで貰えると嬉しい、かな?」
何時の間にかユキの寝ていた石台にエレミリナが腰かけていた。突如出現したエレミリナに驚いたもののユキは直ぐに聞かねばならない事が他にある事を思い出した。
「っ!? 今見たのはすべて本当か?」
「うん、ホントだよ」
「なら! 何で勇者たちを助けなかったんだ!? お前なら多分助けられたんだろ!?」
「助けられなかったんだよ。私のような時空神は普段は世界に干渉できないから」
ユキは何を言っているのかわからないとばかりエレミリナを見返す。見てきた記憶は間違いなく彼女、エレミリナのモノで、その彼女の能力を使えば勇者たちも助けられると分かっていたからだ。
だからこそユキは彼女の言っている意味が分からない。彼女は空間転移も時間を巻き戻す事も出来る。人を連れてそれを行えるのも異世界に連れて来られたユキ本人が一番分かっている。
「……どういう事なんだ?」
「私たち神の間にもルールがあるって事、かな」
「なら、俺を連れて来るのは良かったのか?」
「うん、今ならルール上は問題無いんだ」
エレミリナの言うルールとは神たちの間での取決めだ。神たちが派手に動くと世界に影響が出る為にお互いに監視し合っているのだ。
「そう、か。本当に、どうしても助けられなかったんだな?」
「うん、ごめんね……」
ユキにはエレミリナが本当の事を言っているかどうかの判断はつかない。それでも、ユキには今見ている少女は嘘を吐いているようには見えなかった。だからこそ如何するか迷っている。
嘘を吐いていると分かったならエレミリナの元を離れてこの世界で自由に暮らすか送り返して貰うだけだが、見た記録が本当ならこの世界で何十年ものんびりと暮らすのは無理なのだ。だからと言って手伝うかと言われればそれはそれで困る。いや、手伝うくらいなら問題は無いのだが、魔神に勝てる気がしないのだ。不可能と分かってる事をやる人が殆どいないのと同じでユキも勝算が無い戦いを行いたくはないのだ。
「魔神と戦う事になるのが十年後。コレは合ってるか?」
「うん」
「じゃあ、俺を十年たったら元の世界に送り返すって言うのは可能か?」
「可能か不可能かと言われたら可能、かな」
エレミリナの言い回しに少し心配になる。そのままユキは協力するかどうか考え込んだ。で、結局は、
「はぁ。考えてても仕方が無い……か。とりあえずやれるだけの事はやるか」
と投げやりに決めたのだった。
◆
とりあえずユキは石で出来た寝台に腰かけて座り直し、手始めにウィンドウを開こうとする。が、ウィンドウは開かなかった。そのあとも様々な方法で開こうと試してみた結果……
「やっぱり、開かないか」
はぁっとため息を吐きながら部屋の様子を見回すユキ。そしてとある事に気が付く。
「今更だけどさ。ココ何処?」
本当に今更な質問をエレミリナにぶつけたのだった。
ユキが目覚めた場所はエハルド神国の端の方にある山奥だ。なぜそんな地方に転移して来たのかと言うと、そこが転移に持って来いだったから、だ。この場所には所謂、『神聖な力』的な力が満ち溢れていて、一番最小の労力で転移が可能だったのだ。それでも世界間を転移しようと思うと膨大な魔力や神力が必要なのだが……
(閑話休題)
――で、肝心のエハルド神国だが、文字通り神を祀る国だ。この世界の五大国の一つで、有名な4柱の神々を中心に祀っている。4柱の内の1柱は実は今ユキが何気なく話している時空女神エレミリナなのだが……かなり、がっかりな女神様である。ちなみに他の3柱は知の神ハーデット、創造神ルーデンス、戦神ドリス・トレナウフスだ。
そして、エハルド神国だが、二大国と接している。接している大国はラノマギステ公国とエベルゲン王国の二国だ。恐らく最初に目指すのはこの3国の内の何処かになるだろう。ちなみに残りの二大国はフェルニア王国とリトネア帝国だ。
「という訳なんだけど、今の説明で分かった、かな?」
「ん、何と無く」
「ふぅ、良かった。で、とりあえず何処を目指すかなんだけど……お金を稼ぎながらラノマギステ公国を目指そうと思うんだ」
「ふーん、何で?」
としかユキは聞き返せない。何故なら何があるか、如何いった場所なのか、如何いう気候なのかなどを全く知らないのだ、それも仕方無いだろう。
「ラノマギステには魔法学校があるからね。そこでなら有権者と知り合いやすいと思ったんだよ」
「ああ、成程。知り合いは少しでも多い方が良いからな」
「そういう事、かな」
「じゃあ、早速だけど何処かの近い町まで行、く、か?」
そう言って立ち上がってから気が付いた。
「なあ、エレミリナ。俺の気の所為だったら悪いんだけどさ、俺の体に何かしたか?」
そう、驚くほど体が軽い……では無く。重いのだ。
「ええっと……」
一瞬だけ驚愕を顔に浮かべたあと、露骨に目を逸らすエレミリナ。分かり易過ぎる……
じっと見つめるユキと目を逸らし続けるエレミリナ。均衡を破ったのはエレミリナだった。
「怒らない?」
「何をだ……」
その質問を受けてユキは聞いておいてなんだが非常に心配になってきた。
「それは……」
言葉に詰まるエレミリナ。ココは引くべきなのか、それとも進むべきなのか。ユキは二択で悩みながらもチラリとエレミリナに視線を飛ばす。
結果、話が進みそうにないので仕方無くユキは折れた。
「ああ分かった、分かった。怒らない。これで良いか?」
エレミリナはこくりと頷いた。
「うん。あのね、まず質問なんだけど気を失ってるときに何回枷が壊れる音を聞いた、かな?」
「4回だな」
エレミリナは頭を押さえてあっちゃーと唸る。ユキは逆に、えっ!?やっぱり拙かったのか!?とさらに心配になる。
「えっとね。君の強さだと壊す枷の数は3つが適正なんだ。でも、1つ余分に壊しちゃった所為で4つ目の枷の分の反動が来てるんだと思う。
4つ目の枷は『成長』の枷だから反動で多分レベルが下がったんだよ」
「えぇ……」
「ああでも、失った訳じゃ無くてけがをしたときみたいな感じだから徐々に元通りになると思うよ」
ユキはとりあえず体を動かしてみる。5分程、走ったり、跳ねたり、バク転したり、壁を蹴って立体起動をしてみたりした結果。
「LV50くらいまで落ちてる……」
能力値は約6分の1まで、魔法・魔術・魔導は全て中級までしか使えない有り様だった。
「うわぁ……マジでどうしよ……と言うか、どの位で元通りになるんだよ?」
「3年くらい、かな?」
「3年!?」
驚いた。非常に驚いた。マジで驚いた。ユキは三段活用にするレベルで驚愕していた。ユキが何に驚いたかと言うと、さらっと3年にも及ぶ期間の弱体化をやらかした張本人が両手を広げて、3年くらい訳無いよね~と言う顔をしている事に。
「いや、神様のレベルになると3年くらいホントに訳ないのか……」
思わぬところで人と神の差を思い知ったユキであった。
◆
ユキは山奥の神殿を出て早速ラノマギステに向かっていた。道案内を勤めるのはエレミリナだ。まだまだラノマギステまでの距離は果てしなく遠い。そして一行(ユキとエレミリナの2人だけだが)の前には一面に森が広がっていた。
「なあ、エレミリナは飛べるか?」
「この体は顕現してない状態だから普通に浮けるよ?」
ほら、とユキの周囲をくるくる飛んで回って見せるエレミリナ。
「顕現? まあいいか。じゃあ、行けるな。焔よ来たれ――‘焔翼翔’」
魔法を発動。背中から炎の翼が生える……筈だったのだが、魔法は発動しなかった。
「アハハハ!」
「笑ってんじゃねぇよ!!」
チョップを決めようとして、それも失敗した。
「っとと」
つんのめったものの体勢を立て直す。避けられたわけでは無い。攻撃がすり抜けたのだ。
それに少し驚きながらもユキは、なるほど顕現?していないと触れる事も出来ないのかなどと一人でさりげなく分析していたのだった。
「ごめんごめん。つい面白くってさ」
「笑い事じゃねぇよ! たくっ…… 焔よ来い――‘焔翔’」
今度はちゃんと発動に成功した。焔翼翔より効果は弱いが空を飛んで森を越えられるだけ随分とマシだ。
ユキは2つの焔の羽を羽ばたかせて指示された方向に飛ぶ。そのままエレミリナからこの世界の事でまだユキが知らない事を聞いたり、逆にユキが元の世界の事を話したりしながら3時間ほど飛び続けたが、結局村の一つも見える事無く来るものが来てしまった。
「夜か」
そう、夜だ。元の世界ではまだ夏休みの終わり頃だったが、こちらの世界の季節は冬。しかも今のユキの現状は積雪量が50㎝を軽く超える辺境の森でテントも寝具も持っていないという状況だ。ユキからすると、せめてちゃんと状況説明してから準備万端の状態で転移させろよ!と現在進行形で思うがもう手遅れだ。
なら、せめて異界(ユキの魔法で作りだした空間)で一晩過ごさせろと思うが、異界で一晩明かそうにも枷破壊時の反動で、まず異界門の魔法が使えなくなっており門が開けない。という結構悲惨な状況なのだ。唯一の救いはユキの着ている“深黒グラシャルナ”に環境耐性(最強)が施されている事だろう。ただ、溶けた雪は服に沁み込むし、視覚効果で見ていて寒い。冬も雪もユキは大好きなのだが今回ばかりは全く有り難くないと心底思ったのだった。
ちなみにだが、この世界にも四季は在り、1年は12ヶ月で1月は30日の計360日のサイクルで一年が回っている。ユキがエレミリナに聞いてみたところ、今は1月7日の午後4時40分らしい。
そしてユキ達が目指している魔法学校の入学試験日は1次試験は1月10日で、もう間に合わないだろう。本気で飛ばして間に合ったとしても入学金がまずない。2月の5日が2次試験らしい。ユキはこれを受けようと思っている。
と、まあそんな事よりもだ。
「如何やって一夜明かすかなぁ……」
と言う切実な問題がユキを深く悩ませていたのだった。




