10話 冒険者ギルド登録試験 Ⅱ
移動中、ミスティアがユキの方に寄って来た。
「本当に受けるつもりなの?」
ユキはミスティアの言葉の意味を捕らえる事が出来ずに首を傾げる。ミスティアはユキのそんな様子を見て、言葉を付け足す。
「えーとね。魔法使いは相手の魔力の量を何となく感じ取れる。これは常識だから知ってるよね? だから当然、私も貴女の持つ魔力を感じ取れるの。魔力量を魔道具でも隠蔽することは可能だけど、それでも少しは魔力を感じる。完全な隠蔽が出来る物があるとすれば、秘法級の代物ね。
でも、そんな代物は国やトップクラスの騎士や冒険者が独占してるから、貴女が持っている可能性は限りなく低い。その上で、私は貴女から魔力が一切感じられない。それで、ここまで言ったら分かると思うけど、貴方は魔法が使えないわよね? それでも、この試験を受けようと思ったのは如何して? 今なら何か理由を付けて辞退もしやすいし、何だったら私が貴女の試験を拒否しても良いけど……」
ユキは初め、嫌味か何かかと思ったが、如何やら違うらしい。ユキは他人の魔力を感じ取る事が出来ないので、彼女が言っている事が本当かは分からない。が、彼女は本気で言っているらしい。ユキから見て彼女が嘘を吐いているようには見えなかった。
だが、ユキに魔力が無いというのは理解できない。魔法も森で発動出来ていたので魔力が無い筈は無い。
ユキは理由が分からない為、試しに自分に‘識別’を使ってみる事にした。自分の腕を見て‘識別’を発動する。そして、その表示には異様なものが沢山表示されていた。
『ユキ(皐月 黒夜)』
――レベル「8」 年齢「0(17)」 種族「人間」 性別「男」
――職業「時空女神エレミリナの使徒」「冒険者見習い」 クラス「魔導剣士」「二刀流」「神刀の王」「禁呪師」「結界術師」「軽業連技師」
――技能「職人《武器・防具・道具・魔道具》」「料理」「鍛冶」「鑑定」「錬金」「スカウト」「裁縫」「暗殺」「初級魔法」「中級魔法」
――特性「魔力保有量無限化:発動中」「青バラの魔眼:待機中」 特殊能力「イメージ強化Ⅰ:発動中」「イメージ強化Ⅱ:発動中」「イメージ強化Ⅲ:発動中」……
――加護「刀神の加護(上級):待機中」「創造神の加護(上級):処理中21%」「時空女神の加護(中級):処理中56%」 称号「異邦者」「理から外れし者」「魔法を統べる者」……
――体力「2,345/2,380」 魔力「∞(2,972)/341,168」 闘気「2,611/2,610」
――筋力「3,125」 耐久「1,649」 精神「1,874」 敏捷「3,116」 魔力純度「31.21」 魔力波形「W-22491222」 魔力適正「赤・青・緑・燈・白・黒・雷・時空・幻・呪・無」
――状態異常「無し」 付属効果「魔力身体強化:103%」
ユキはあまりのステータスの酷さに愕然とした。
まず、第一に『レベル』だ。流石にレベル8は予想外だった。落ちた身体能力から推測していたが、予想を大きく下回って低かった。
ただ、ステータスが思っていた数値より3倍程高かったのが不思議だ。恐らく新たに増えた加護の影響だと、ユキは推測する。
第二に『特性』の『魔力保有量無限化』。もし、ゲームの頃でこんな能力があれば明らかなバランスブレイクだっただろう。と、言うか異世界でも十分チートだ。
それと同時に『青バラの魔眼』の能力も少しだが何となく理解した。これについての評価は使ってみないと決められそうにない。ただ、十分チートだと思う。
第三に『加護』だ。ユキのステータスがレベル8にもかかわらず異常なのは殆どこれらの所為だ。特に酷いのは『創造神の加護(上級)』。何時手に入れたのかは分からないが、‘識別’によって効果の一部は分かる。純粋なステータスの上昇に加え、創る事に大幅なボーナスが付き、それを自由自在に扱う事が出来るというものだ。もう完全にチートである。
ユキは以上の結果とエトセトラを受けて正直ドン引きした。どう見ても過剰な能力値である。
「やりすぎだろ……」
「……? どうかしたの?」
ユキが思わずボヤいたのを聞いたミスティアが首を傾げる。ユキはミスティアに「何でもない」と返して中央に向かった。
◆
魔法の試験は案山子に攻撃魔法を打ち込み、その威力や制御、精密さや構成速度などを見るらしい。そして防御魔法と補助魔法の精度確認については今回は行わないらしい。
ただ、ランクアップ試験では見られる事があるので出来るだけ練習しておく様に、との前置きがなされた。ユキはローネアやガレルと並び、何となくそれを聞き流す。気分は全校集会で好調の無駄に長い話を聞かされている気分だ。
だが、後によくよく考えると補助魔法を殆ど覚えていない事に気付き、冷や汗を掻く事になるのはまた別の話だ。
「それじゃあ、試験を始めるわね。順番は今の並び順で良いかしら。まずは貴方からね。さ、魔法を使う子以外は離れて離れて」
ミスティアが決めた順番は、一番が名前も知らない少年、二番がローネア、三番がユキ、最後がガレルだ。少年を残してユキ達は距離を取る。それを確認したミスティアが試験の開始を告げた。
「い、行きます!」
正直言って、一番を任された少年は見ていられないぐらい緊張でガチガチだった。それでも、膝を叩いて自分を鼓舞し、深呼吸をして息を整える。少しして落ち着くと杖を案山子に向けた。
この世界では精神が魔法に深く関わってくる。緊張すると魔力が乱れて魔法の収束が上手くいかないのだ。その点ユキは絶対に発動するものと思って発動している為、暗示に近い状況となっている。その為、詠唱中に気が散る何か(激痛や精神攻撃など)が無い限り、ほぼ失敗はなかったりする。
「〝燃えろ、燃えろ"‘ファイヤーボール’」
杖の先に魔法陣が描かれ、その中心に火の玉が出来上がって行き、そのまま案山子目掛けて飛んだ。‘ファイヤーボール’が着弾し、案山子が燃え上がる。その数秒後、魔法の火は消えた。
「あ、アレ?」
少年が案山子を見て首を傾げる。それもその筈で、燃えた筈の案山子には傷一つ、燃え後一つ無かったのだから。
「も、もう一度! 〝燃えろ、燃えろ"‘ファイヤーボール’!」
先程と同じ様に杖から火の玉が吐き出され、案山子に着弾する。そして燃え上がり数秒で鎮火する。
「やっぱり、魔法が失敗した? あの、僕は……」
「ああ、大丈夫よ。そういう魔道具だから心配しないで」
焦った少年に対してミスティアが優しく言う。少年はそれを聞いて安心した様だ。ただ、ユキは思う。知ってたのなら先に言っておいてやれよ。こうなるの分かってただろ?、と。
「良かった…… よし、次は……
――〝燃えろ、燃えろ、撃ち抜け"! ‘ファイヤーアロー’!」
杖から火の玉の代わりに火の矢が打ち出される。火の矢は案山子に刺さり、案山子を燃やした。……正直言って、先程のファイヤーボールとの差があまりよく分からない。勿論、案山子は無傷だ。少年は肩で息をしつつ、それでもめげずに魔法を詠唱する。
「はぁ……はぁ……
――〝燃えろ、燃えろ、撃ち抜け、貫け"‘ファイヤージャベリン’!」
杖の先に炎で出来た槍が形成されていく。だが、その槍は収束する一歩手前で霧散した。それと同時に少年が膝を折る。‘識別’で見た結果。所謂、魔力切れの症状が出ているらしい。状態異常には『魔力切れ(兆候)』と、魔力には『12/235』と表示されていた。
「ここまでね。次の子と交代よ」
「ま、まだ、大丈夫です」
少年はまだ行けると思っている様でミスティアに抗議している。だが、数値として状況を認識しているユキからすると無理なのは分かる。他人の魔力量が何となく分かると言っていたミスティアも感覚的に分かっている筈だ。
魔力切れはかなり危険な状況だ。魔力が空の状態で魔法を使い続けると人体に副作用が出るらしい。気を失ったりするのはマシな方で、酷いと半身不随や脳機能の一部損傷、記憶障害などを起こすらしい。
結局、少年はグレンによって強制的に連行されていった。首筋に手刀を落として気絶させるという一連の流れを見て、ユキは内心で大喜びした。余裕が出来れば是非、習得したいと思う。
「はい、それじゃあ次はローネアちゃんね」
「うん! 頑張るぞー!」
ローネアが懐から小さな杖を取り出す。深呼吸を軽く行い、精神統一する。
「ふー……よし!
――〝私の言葉を聞き届け、突風よ吹き抜けて、矢となり飛んで行け"‘ウィンドアロー’!」
短杖の先に魔法陣が形成され、そこから風の矢が撃ち出される。風を切る音が響き、案山子に矢が突き刺さ――案山子を貫通した。風の矢は貫通力が高い様だ。
「次、です!
――〝私は風の代弁者、風花が咲き誇り、理を紡ぐ。その時まで、終わ……"」
「おい、ローネア! それは止めろ!」
詠唱の途中で割り込むようにして、ガレルがローネアを止めた。ユキは止める理由が分からなくて首を傾げる。
「えぇ、何で止めちゃうの!?」
ミスティアもユキと同じ事を思った様で、ガレルを問い詰める。ガレルはうっ、と詰まり目を逸らす。ユキは何となく、その様子で理由を悟った。
「固有魔法か?」
「ぃ、うっ!?」
図星だった様だ。
固有魔法は個人が作り出した魔法や血に刻まれた魔法、魂に刻まれた魔法などを指す。恐らく今回ローネアが使おうとしたのは血に刻まれたタイプの固有魔法だろう。
固有魔法は強力なものが多く、中には命や魂を削るものまである。その代償を気にしたか、威力が強力で周囲に影響が及ぶのを気にしたかの何方かだろう。または、余り見られたくない固有魔法の可能性や解析される可能性を考えてかだ。
「はぁ…… その通りだよッ! ローネア固有魔法は使うな。あれは周囲を危険に晒しすぎる」
「え、でもー」
「ダメなものはダメだ!」
「うー…… 分かった……」
ローネアは渋々、頭を下げたのだった。




