0話 終わりから始まりへ
男は神殿の階段を駆け降りる。ただただ、背後に迫りくる『死』に追い付かれないように自分だけでも生き残る為に。
仲間は死んだ。皆、一人残らず全滅した。何故こんな事になったのか、何故自分はこんな目に合っているのか。そんな思いが頭の中を延々と巡っている。そして気が付くとすでにそこは目的の場所だった。男が辿り着いたそこは神殿の最下層にある神託の間。巫女が女神から神託を授かる為の場所だ。その場所で男は声を大にして叫ぶ。
「はぁ…… はぁ…… お願いします女神様!どうか、どうかお助ッ―――」
ボシュ……―――そんな音が神殿の中を反響する。そしてその音に少し遅れて、べちゃべちゃべちゃっ、と液体状の何かが零れ落ちる音が響き渡った。
男は『死』に追いつかれた。そして男に死を齎した『死』が階段をゆっくりと降りてくる。
「フッ……笑えない冗談だな。こんなモノが俺を倒すために召喚された勇者?出て来いよ女神……いるんだろ?」
階段から顔を覗かせたのは黒い肌に赤い目をし、漆黒の角を二本生やした男だった。その男は見る者すべてを畏怖させるような濃密な『死』を纏っていた。
「魔神、ね。今回もまた……やっぱり勇者たちでは君に勝てなかったんだね」
そして突如として魔神と勇者だったモノが存在する神託の間に第三の人物が出現した。金色の長い髪を両端で三つ編みにした少女だ。彼女は哀愁を漂わせながら自らが魔神と呼んだ男と相対する。
魔神、そう呼ばれた男は勇者だったモノを横目で一瞥したあと、鼻で笑いながら言う。
「ハッ、こいつらが弱すぎたんだろ?それよりも、またってのは如何いう意味だ、女神?」
「君は馬鹿なのかい? 敵の君に切り札を教える訳が無いでしょ?」
女神は魔神を小馬鹿にした態度を取りながら返事を返す。
「ハハッ、だろうな。それじゃあ、そろそろ終わりと行こうか女神」
魔神は一足飛びに20m以上離れている女神との距離を詰め。勢いそのまま女神の顔目掛けて拳を振るった。
「くぅ……」
女神と呼ばれた少女は咄嗟に両腕をクロスして魔神の拳を受け止める。そして、そのまま打ち込まれた拳の勢いに乗って吹き飛び魔神と距離を取り直した。
「おいおい、お得意の時空魔法は如何した!」
再び一瞬で詰め寄った魔神の連続攻撃を女神は避ける、避け続ける。
だが、魔神の一撃は途轍もない威力を誇っていた。拳を一振りする余波だけで頑丈な石材で出来ている筈の壁や柱が砕け散る。その為、女神は紙一重で避ける度にボロボロになっていった。
ただ、女神もやられ続けているだけでは無い。魔神にバレない様に魔力を練り上げ神力と呼ばれる神の力になるまで練り続ける。
「あと、少し……」
魔神が小手調べの軽い攻撃をしている最中に女神がそう呟いた。その言葉とほぼ同時に女神から金色の光が漏れ始める。
「やっと、使う気になったのかよっ!」
女神から漏れ出る光が多くなりだすにつれて魔神の拳速が上がる。
「まだまだ行くぞ!くらいやがれ!!」
「いいや、これで終わりだよ。―――界渡り!」
女神が漏れ出ていた光が全てを飲み込み……あとには全てが何事も無かったように消え去っていた。




