書斎
彼女たちに連れられて大きなゲストルームや居間、海が一望できる広いバルコニーなどを見て回るうち、ふたりは最後に義久の書斎へ向かった。
ドアを開けると真正面に大きな机が置かれてあり、その両脇には本棚が壁を埋め尽くすように整然と並べられている。
そこに収められた本の類は様々で、小説や随筆などの他にも装丁からしてかなりの年代物と思われる美術専門書や画集などもたくさん並べられていた。
ワインレッドのカーテンが印象的な重厚感溢れる部屋の中へ足を踏み入れると、ふたりは早速手掛かりを求めて片っ端から調べ始める。
「哲平さん、これ……」
翔太が何かを見つけた様子に哲平が駆け寄った。
他には何も置かれていない机の上には一眼レフのカメラだけがただひとつ、忘れ去られたかのようにぽつんと転がっている。
哲平がおもむろにそれを手に取り画像記録を丁寧に確かめてゆく。
「家族の写真ばっかだな」
「旅行先で撮ったものでしょうか。ほら、これとか。ひまわり畑で撮ったものが多いように思うんですけど」
「たしかに同じようなひまわり畑ばっかだな。後ろの方に写ってる山の景色が全部一緒だから、これきっと同じ場所なんだろうな。でも日付が全部違ってる。しょっちゅう行ってたのかな」
カメラに収められていたのはほのかだけが写ったもの、あとは一斉に咲き誇るひまわり畑の前で家族3人仲睦まじく頬を寄せ合う、そんな記録が数多残されていた。
どの画像も3年ほど前までの日付で最近のものはひとつもない。アングルはそれぞれ違うが、背景からすると全て同じ場所のようである。
哲平はすでに部屋に入った時から、机に最も近い本棚の上から2段目が気になっていた。そこだけは本が1冊も置かれておらず、大小様々な写真立てがいくつも並べられてある。1枚を除く他の全てが満開のひまわりに囲まれた3人の写真だ。同じ写真がいくつも並んでいるかのようなその光景に哲平はなんとなく違和感を覚えていたのだった。
「ほのかちゃん、ここに飾ってある写真って全部よく似てるよね。なんで同じような写真ばっか、こんなに並んでるの?」
ゆっくりと本棚に近づいて、確かめるようにその一つ一つを手に取りながら哲平は尋ねる。
「そのひまわり畑はパパにとってとっても大切な場所なんだって、前にパパ言ってたよ。だって、そこでママにプロポーズしたんだもの。私のお名前も『ひまわりの匂いがほのかに香るような女の子に』って意味なのよ。ほのかが産まれる前も、『けっこんきねんび』っていう日には絶対行ってたみたい。もちろんほのかのお誕生日にもね。でもまだ赤ちゃんだったからよく覚えてないんだぁ」
「あぁ、だからこんなにあるんだ」
哲平はそれぞれの写真の中のほのかを見比べる。確かによく訪れていたのだろう、写真と写真の間にある空間は、まるで写実化されずに穴が開いてしまった時空の隙間のようにも見え、それが返ってほのかの少しずつ成長してゆくさまをくっきりと浮かび上がらせているのだった。
無垢に輝くまだまだ小さい頃のほのかの笑顔を眺めるうち、やがて哲平は写真立てのさらに後ろの空間に目を止め眉をひそめた。
そこにはスケッチブック数冊とあらゆる画材が無造作に積まれてある。それらも丹念に拝見しながら哲平はほのかに尋ねた。
「へえ、パパって絵が上手だね」
「うーん、でもほのか、パパの絵描いてるとこ見た事ないの」
「ふうん」
ほのかの腕からルルがするりと抜け出して机に飛び移る。続いて翔太が手にしていたカメラに向かって返せと言わんばかりに跳びかかった。
「あッ、こら! 離せったら!」
必死に腕にしがみ付くルルと翔太は格闘している。
その割と激しい攻防をさして気にする様子もなく、哲平はスケッチブックを元に戻している。
「あのさぁ、ほのかちゃん。俺、頼みがあるんだけど。パパがちゃんと見つかって家に帰って来たら、ルルを貰えないかな」
「ルルを? そんなのいや!」
それまで翔太とルルを見て笑っていたほのかが小さく叫んだ。
「うん、嫌だって気持ちはよく分かるよ。でもルルには本当の飼い主さんがいるんだ。ひとり暮らしのおばあさんでさ。その人にとってルルは大切な家族なんだよ。ほのかちゃんがいつでも会いに行けるように、そのおばあさんにはちゃんとお願いするからさ。返してあげてくれないかな」
後ろで翔太はなおも格闘を続けている。
「……うん、わかった」
なんとも悲しげな顔をしてほのかがやっと答えた。
「ありがとな。俺たち頑張って絶対パパの事、見つけるからさ。おいッ、翔太いつまでやってんだよ、帰るぞ!