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義久探し

「あのオッサン、なぁーんか感じ悪かったよな。翔太もそう思うだろ?」

オッサン、とは三木のことである。

翔太は哲平の愚痴などまともに聞いてはいないので返事すらしないが当の本人はさして気にする様子もない。

「俺はさぁ、あの時見つからなかったらどうすんのって聞いたけど、あれはただ単に会社がどうなんのかって心配して聞いてやっただけなのになァ。こっちの責任とか答えやがってさ。そういう意味じゃねえっつうのッ!」

 遅い昼食のカップ麺を豪快に啜りながら、哲平は汁が飛ぶのもお構いなしで器用にまくし立てる。

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。哲平さんの気持ちもよぉく分かりますけど、三木会長はああ見えてものすごく家族想いなところもおありだって、僕はそう思いますよ」

翔太はすでにお昼を平らげていて、隣から勢いよく飛んでくるラーメンの汁をさりげなくティッシュで拭き拭き、今朝持参したプチトマトの残りをデザートにつまんでいる。

「ンな事は俺だって分かってるよ」

哲平の口調に勢いが無くなる。よくある事なのだが翔太と話しているとなんとなくやりきれない気分に襲われてしまい、哲平は決まってそれ以上悪態をつけなくなるのだった。

 窓の外はいつしか風も止み、空には穏やかな晴れ間がのぞいている。

「翔太、もう少ししたら出るぞ」

 プチトマトを一つ頬張り、三木義久なる4枚の写真を代わる代わる見つめながら哲平は三木の話をもう一度思い返していた。


「じぃさん、いる? 哲平だよ」

 ダンボールで作られた小さな家の入口にテーブルクロスで拵えた暖簾が貼り付けられている。その隙間から小柄な老人がひょっこり顔を出した。長い間手入れされることもなく、伸びに伸びて一つの塊になってしまっている口髭をもごもごさせている。

 彼と彼の家から放たれる突き刺さるような異臭に耐えられない翔太は、ふたりから離れて居心地悪そうに俯き立ちすくんでいる。

「おぉ、おぉ。そろそろ来る頃だと思ってたぞ。久しぶりだな。で、今度のはなんだ?」

「人探しだよ。俺の勘で、まずこの町と隣町周辺を当たった方がいいと思ってんだ。で、またじぃさんの世話になろうと思って」

「お前の世話なんざ、これっぽっちもしてねえや。えへへッ」

 老人は哲平の手にしている紙袋が気になって仕方ない様子だ。

「今日は缶詰を色々持ってきたよ。ほら、じぃさんの好きなホタテだろ、んで鯖缶。秋刀魚もあるし。まっ、食べてよ」

 哲平はずしりと重たいそれを押し付ける様にして手渡すと、慣れた仕草で暖簾をくぐり家の中に上がり込んだ。

 翔太も見習ってなんとか入口まで近づいたが、顔を歪ませ立ち止まってしまった。中腰のまま仕方なく中を覗いている。

 この付近は町から少し離れた所にある、小さな川沿いの工業地帯だ。三木製薬もこの一角にある。

 橋の袂で器用に造られたこの家にひとり住まうこの老人は哲平達にとって大切な情報屋だった。この辺りにはそれを生業のようにして暮らす者も多く、そのネットワークは緻密かつ確かな結束力で繋がっているのだった。 

 今回の様な依頼の場合は特に、彼らは哲平達にとって必要不可欠な存在なのである。

「で、どんな奴なんだ?」

 哲平が上着のポケットから写真の拡大コピーを取り出す。

「この男なんだけど。名前は三木義久、四十歳。この辺りに三木製薬ってのがあるだろ? あそこの婿養子さ。これ絶対他に漏れちゃいけない依頼だぜ。期限は2週間だ」

「ふうん。うーん、なんだかこう、パッとしねえ面だな。えらく思い切った事はできそうにねえなぁ」

 老人は受け取ったそれをしげしげと眺めてぼんやり呟く。

「いや、やっぱそう思う? 俺もさ、同じ事考えてたんだよ」

 哲平はへらへらと笑いながら老人に抱き付いた。

「そうかそうか。やっぱりオレたち、兄弟だなッ」

 ふたりは至極満足気に男同士の熱い抱擁を交わしてなぜだか嬉しそうである。

 立ち込める異臭の中、翔太は信じられない、と言う顔をしてそんな彼らの様子を呆然と眺めているのだった。

 

「みんなにも聞いといてね。よろしくぅ」

「おうおう、任しとけ。しっかり働けよぉ」

 哲平は老人にぴらぴらと手を振り、翔太と並んで歩き出した。

 ふたりが歩を進める度に無数の小石がじゃりじゃりと音をたてる。

 川上から吹き付ける風が身に染みて、哲平は首を竦ませパーカーに両手を突っ込んだ。  

 対岸の遠くには三木製薬の工場が見える。

 哲平と翔太は黙ってそれを振り仰いだ。老人と話していた時とはまるで別人のように哲平が神妙な面持ちで佇んでいる。

「どこにいるんですかね、義久さんは」

「さぁな。探してみなくちゃまだなんとも言えねえよ」

 哲平は屈んで幾つか小石を拾うと、次々と川面に投げて水切りを始めた。

「おッ、5回走ったぞ。もっと平べったい石ねえかな。おい、お前も探せ!」

 たちまちこの遊びに夢中の哲平を尻目に、呆れた翔太が溜息をつく。

「そんなこと、今している場合ですか? ほんと呆れますよ、今は石じゃなくって人探しでしょうよ!」

 我に返った哲平が振り返り、口を尖らせむきになった。 

「ばーか! 俺だってこれでも色々ちゃんと考えてるよッ!」

 哲平はそう吐き捨てて、翔太を置いてひとり土手を上がってゆく。

「ちょっ、ちょっと待って下さいよッ」

「うるせぇ、三木義久んち行くぞ。家だ、家! 嫁さんと娘に話聞きに行くぞ!」

 慌てて後を追いかけて来た翔太が土手のぬかるみで足を滑らせ激しく転んだ。 顔を上げると泥まみれである。

「い、痛いです」

「うわっ、お前何やってんだよ!」

 驚いた哲平の声は甲高い笑い声に変わった。



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