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夕暮れオレンジ

「おーい、こっちだぞ、こっち」

「おう、じいさん元気? 何やってんの?」

「見りゃわかるだろ。釣りだよ、釣り。今日の晩飯になるかと思ってな」

 橋の下に住む老人は細い木切れと凧糸で簡単にこしらえた釣竿を垂らし、川釣りに勤しんでいた。足元のバケツの中には小魚が1匹、忙しそうにぐるぐる泳いでいる。  

「塩焼きにでもすんの? もっと釣らないと足りないじゃん」

 哲平はバケツの横にしゃがみ込み、小魚をつついて楽しそうだ。翔太が後ろからその様子を覗き込んでいる。

「そうそう、ドーナツ屋の前を通りかかったら、出来立てのいい匂いしてたからさ。ちょうどおやつ時だし、よかったら食う?」

「へぇ、随分とご無沙汰な代物だな。よし、茶でも淹れるよ」

 老人は釣竿をバケツに立て掛け、ドーナツの袋を受け取ると橋の下にあるコンロへと向かった。

 ほどなく錆び付いたやかんから、細い湯気が立ち上る。3人はそれぞれのドーナツを噛りその湯気を囲んで座った。

 ひび割れた急須に煎茶を用意しながら、老人は次のドーナツを手に取る。

「へへっ。旨いな、これ。そうだ、例の件。お前たちの探してる三木義久ってやつ、見つかったよ。なぁんとなくこの近くにいるんじゃねえかって思ってたけど、やっぱりそうだったぜ」

「ほ、本当ですか?」

 翔太が嬉しそうに声を上げた。

「あぁ、隣の吉田町で俺らみたいな生活してやがるよ。見た目が随分変わっちまったから、だいぶ分かりづれぇけど間違いないぜ。ただ、どうやらかなり人を避けてるらしいから近づくの難しいかもな」

 ふたりに熱い湯呑を勧めると、彼も自分のを口にする。

「かなり人を避けてるって、どんな感じなの?」

 哲平もふたつ目にかぶりつく。ヨネのちらし寿司はとうに消化されているらしく、瞬く間に平らげた。

 それを横目で見ていた老人が茶を啜りながら物言いたげに押し黙る。実は哲平が今味わったチョココーティングのドーナツが大好物なのだった。

 察した哲平が袋からもうひとつを取り出し、彼に手渡す。

「おぉ、まだあったのかい。へへっ、昔からチョコに目が無くてさ、ありがとよ」

 好物にありつけ、ほくほく顔で彼は続けた。

「そうだなぁ、どんな感じって、まぁ連中の話からすると、挙動不審で誰とも目も合わさねえらしいよ。ちょっとでも近づくとそそくさ逃げちまうらしい。だからあいつらも相当訳ありなのかと勘ぐって下手に近寄らないらしいぞ」

「ふーん。吉田町のどのあたり?」

 哲平は指に付いたチョコをきれいに舐め取っている。 

「山手の方に行けば空き家がたくさん並んでるとこがあるだろ。俺らみたいに小屋はこしらえねぇで、その辺りに居ついてるらしい。あの辺は近寄る奴もいねぇし、ほったらかしの場所だからさ。俺らからしたら、そんな事する変わり者なんて余計目立つさ。で、すぐ割れたってわけよ」

 そう言って湯呑の中の残りをすべて飲み干すと、彼は釣竿を携えて川辺へと戻って行った。

 橋の上からはほのかと同じ年頃だろうか、子供たちの笑い声が響いてくる。

 しばらく続いていたその楽しげな声は、夕暮れが近づくとともにやがて遠ざかっていった。

「そっか……。やっぱ案外近くにいたんだな」

「まずは無事に生きてたってことで、一安心ですかね」

「ばーか、お前、安心するにはまだ早いよ」

 そう言いつつも、哲平は安堵の表情が隠せない。

 ふたりは長いこと手のひらに湯呑を包んだままで、なんとなく飲み干せないでいた。

 一日の終わりの暮れなずむ合図のようにぬるく心地の良い風が辺り一面を漂い、川岸の雑草たちは一斉に棚引く。人も草も川の水もなにもかも。あらゆるすべてが深いオレンジ色に染め上げられてゆく。

 哲平はそのさまをぼんやり眺めながら、いつまでもこうしていたいような気さえするのだった。

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