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ちらし寿司はお好き

 義久の行方が掴めないまま数日が過ぎたある日の午後、哲平と翔太は相沢ヨネの自宅を訪れていた。

 昔ながらの長屋が今もなお軒を連ねる、風情漂う街並みの一角に彼女は住んでいる。

 細い路地に面した玄関脇にはたくさんの鉢植えが並べられ、可憐な花たちが寄り添うようにして咲いている。どれもきちんと手入れが施されてあり、ヨネのまめな性格が伺えるのだった。

 ふたりは今、ヨネお手製のちらし寿司をご馳走になっている。

 つやつやした酢飯に磯の香り豊かな海老、蓮根に人参、干し椎茸が甘辛く煮詰められたもの、それにみどり鮮やかなさやえんどう、紅生姜や胡麻もたっぷり混ぜ込まれて、良い塩梅で仕上げられた錦糸卵がふんだんに飾られてあり、見る者の目を楽しませ食欲を誘う。

 実に彩り豊かなそのご馳走を彼らは一心不乱に口へと運んでいる。

「いやぁ、ヨネさんのちらし寿司は最高だなァ。この前のカツ丼も本当に旨かったけどこれはマジで最高だよ。こんな旨い飯食べられるんなら俺しょっちゅう来ちゃおうかな」

 哲平は甲高い声でひと息に捲し立てるとあっという間に平らげ、さらに大皿から2杯目を取り分けて貰っていて満足気である。

「あらァ、そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいわ。いつでもいらっしゃいな、ごちそう作って待ってますよ」

「本当? いやぁ、俺、ヨネさんと知り合えて良かったな」

 強引にヨネの手を取り握手をすると哲平は人懐こい笑みをこぼした。哲平の口元から白い八重歯が顔をのぞかせる。

 おそらく誰もが憎めなくなってしまう、哲平十八番の満面の笑顔でヨネから皿を受け取ると、ぴょこりと小さく頭を下げ、再び猛烈な勢いで頬張る。

「あの子がいなくなってから寂しい思いでいっぱいだったけど、あなたたちがこうやって来てくれるんなら全然平気だわ。すごく気が紛れてねえ。ほんとうに、ありがとう」

 ヨネは座布団の上で律儀に正座し直すと、そう言って微笑んだ。

 それきり3人は少し黙ったようになり、部屋中をしんみりとした空気が漂う。

 翔太が頬張っていたものを慌ててお茶で流し込んだ。

「そんな、ヨネさん。僕たちこそいつもご馳走して貰って有難いったらありゃしませんよ。だって男のひとり暮らしなんてほんとにもう、食生活乱れっぱなしなもので。ねえ哲平さん」

「そうだな」

 小さく答えた哲平は3杯目を自分でよそっている。

「ちょッ、ちょっと、哲平さん食べ過ぎなんじゃないですか? すみませんねヨネさん、この人遠慮ってものを知らなくて」

「いいんだよ、せっかくこんなご馳走作ってくれたんだから。だってそれにすごく旨いんだもん」

 哲平は旨い旨いと繰り返しながらありったけの勢いでかき込み両頬を膨らませ、お前ももっと食え、と付け足した。

「なんだか兄弟みたいだねぇ」

 ヨネは笑ってふたりを見比べる。 


「哲平さん、どうして言わなかったんですか。僕、哲平さんが自分で言うって聞いてたからずっと黙ってたんですよ。話が違うじゃないですか」

 その帰り道、翔太は怒っているのだった。

「あれじゃ何しに行ったか分からないじゃないですか」

「だってよ……」

「だって、ってなんですか、一体。子供じゃあるまいし」

 翔太は呆れて溜息をつく。

「だってさ、まだなんにも出来てねえのに食いに行っただけで感謝されてさ。責められてもいいくらいなのに。そしたら俺、なんにも言えなくなっちゃって」

「なっちゃってって……。今日は経過報告に来たんですよ。こんなことなら、俺が言えば良かったんですよ」

「でもな、よぉく考えてみ、翔太。義久さんの行方掴めてないんだし、言ったところで期待させるだけかもしんねぇし」

「少しでも安心してもらう為に、タマがよそのお家で元気に暮らしてるってだけでも伝えようって言ったのは哲平さんじゃないですか」

「そうだけど……。けど、とにかく俺、ヨネさんが傷つくようなことだけは絶対したくなかったんだよ。あんなに歳とってんのにひとり暮らしなんだぜ、一緒に話してたらやっぱり変に期待させたくないって思ったんだよ。あァもう! やめたやめた、この話。そんなに怒るなって」

「怒ってないですよ、別に」

「時々俺らが顔出せば、ヨネさんの気も少しは紛れるだろ? なっ。あッ、次のご飯はなんだろうなぁ。カツ丼にちらし寿司とくれば、そろそろステーキってとこかな」

 翔太は怒る、と言うよりも最後の言葉にむしろ呆れて、口をあんぐりと開け哲平を見つめた。

「おい、なに突っ立ってんだよ。今から橋の下のじいさんとこに行くぞ」

 まだ口を開けたままの翔太を置いて、哲平はどんどん前を歩いてゆく。

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