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とある日の白昼夢

作者: 瀬時 珠羽

 僕はコーヒー豆の卸業社に勤めている。

 仕入れたコーヒー豆を、街のカフェをはじめとした飲食店へ卸す。

 入社して5年が経って、多くの店を担当させてもらえるようになった。

 今から向かう店もその一つ。

 小さいが常連客の多い『カフェ・ササキ』だ。



 手押しの木のドアを開くと、カランと来客を知らせる鐘が鳴る。

 店に入ると黒いエプロンをかけた女性が奥の調理場からカウンターへ出てきて笑顔で迎えてくれた。

 彼女がこの店のオーナーの佐々木さんで、明るい笑顔が印象的な三十代半ばの女性だ。

 平日の昼食にはまだ早い時間のせいか、店内に客はいない。


「こんにちは、吉岡さん」


「こんにちは!いつも注文をいただきありがとうございます」


 10年前に両親の店を継いだ佐々木さんの店は、落ち着いた雰囲気があり居心地が良い。

 僕もついつい長話をしてしまうのだが、まずは仕事だ。


「今日は課長からの届け物と注文を受けに来ました」


 そう言って、僕はコーヒー豆の入った包みを見せる。


「あら、何かしら?」


 カウンターに、包みに貼られたラベルが見えるように置くと、佐々木さんがラベルを覗き込む。


「『月山珈琲』の新しいブレンドだそうです。

 今朝届いた物ですが、

 一刻も早く届けたい課長から、僕が頼まれたのです」


「もう、あの人はせっかちね。

 吉岡さん、わざわざありがとうございます」


 佐々木さんは、上司の課長の奥さんだ。

 この店の担当になってから、何度か課長からの届け物をしている。


「せっかくだから、一つ注文をお願いしようかしら」


「はい!」


 佐々木さんの声に反応して自然に手が動き、胸ポケットに入れていたペンつきの手帳を取り出す。


「ホンジェラスHGを1袋お願いします」


「ホンジュラスHG500gを1袋でよろしいですか?」


「ええ。杉森さんの練習で在庫が怪しかったので助かります」


 杉森さんとは、佐々木さんの店の新入りだ。何度か姿を見たが、まじめそうな女性だった。

 ホンジュラスHGは癖がなく、ブレンドベースに使われることが多い。また、安価なのでコーヒーを淹れる練習に使われることも多いのだ。


 メモを書き終わったタイミングで、佐々木さんがふと思いついたように口を開いた。


「そういえば、

 数年前に駅前の花屋で杉森さんを見たと言われていましたが」


 前回ここに来た時に、新入りの杉森さんを数年前に駅前の花屋で見たという話をした。話をした後、「数年前?お知り合いですか?」と怪訝そうな顔を浮かべる佐々木さんにストーカーだと思われたのではと焦り、「僕はとても記憶力がいいんです!」と慌てて言い訳したのは記憶に新しい。


「しばらくその花屋でバイトしていたそうですよ。

 私だったら、制服が変わってしまうと分からないと思います。

 すごい記憶力ですね」


「いえ、たまたまですよ」


 僕は少し照れながら答えた。昔から人の顔を覚えるのは得意なのだ。勉強の記憶力とは全く関係ないのが悲しいが。

褒められて浮足立つ気持ちを抑えながら、他の注文がないか確認する。


「注文は以上でよろしいですか?」


「ええ、今回はそれだけで」


「では次の配達の時にお持ちします」


「宜しくお願いします」


 これで、仕事は終わりだ。

 手帳を胸に戻す僕に、


「最近はお変わりないですか?」


 ねぎらうような笑顔で、佐々木さんが聞いてくる。


「そうですね・・・」


 ふと、最近あった出来事が頭をよぎった。

 僕は少し悩んで、話を切り出した。


「そういえば、ちょっと不思議な話があるのですが、聞いてもらえます?」


「ええ、どうぞ」


 佐々木さんは、楽しそうに目を細めた。





「先週、駅前の実家の近くに配達に行ったんです。

 実家の近くにはカレー屋があって、

 そこのオーナーのおやじさんとは長いつきあいでしてね、

 昔からよく顔を合わせていたんです。


 よく通る道沿いにカレー屋があるので、通るたびに元気にしているかなと気にしていたら、

 最近はシャッターが下りっぱなしで。

 もういい歳だし、店をやめたか、旅行にでも行っているのかと思っていたのですが、

 その配達から帰る車の中から、歩いているオーナーと目が合ったんです」


「久々にお会いしたのですね」


「ええ。

 カレー屋でいつも来ている白い服をきて、仕事の合間にちょっと近くまで出てき

 たという風体だったので、「あ、お店開いてるんだな」と思いました。

 僕は車の中から会釈をして、向こうも頷いて返してくれました」


 職人気質が顔に表れているような、気難しい顔。

 嬉しいことがあった時も、変わらずその表情なものだから、誤解されやすい。

 でも小さい頃から見ている僕には分かる、親しい者へ向けての顔だった。


「ですが、週末に実家に帰る用事があって、父に話すとこう言われたんです。


 そのオーナー、昨日ガンで亡くなったよ、って」


「まあ・・・」


「僕が見た頃には入院中だったそうで、見間違いだろうと言われました。

 特に後半は意識もなかったそうで、とても歩き回れる状態ではなかったと。

 そう言われてから、見間違いだろうか、それとも生き霊だったのだろう

 かと、落ち着かないのですよ」


 いつも通りに見えたオーナーは、そこにいるはずがなかった。

 だが、幻や霊とは思えないほどリアルだったのだ。


「それはとても不思議な話ですね」


 佐々木さんがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「吉岡さんは、杉森さんが以前花屋にいたことも記憶されていたので、

 顔を見間違った可能性は低いと、私は思います」


 神妙な面持ちでそう言う佐々木さんに合わせて、僕も真剣な顔をして聞く。


「僕はこの話した人みんなに、見間違いだと笑い飛ばされたのですが、

 佐々木さんは見間違いではない、と?」


「ええ。おそらく多くの人が見間違い説につくと思うので、私はあえて反対側を推すことにします。

 吉岡さんが会った人は、オーナーだったのですよ。

 実体があったかは分かりませんが、

 昔馴染みの若造がちゃんと仕事をしているか、気になってうろついていたんです」


 そう言って、佐々木さんはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 それにつられるように、僕も笑った。

 もしあのオーナーが霊だとしても、僕にいつも通りに挨拶をしてくれた。

 怖がる必要は何もないと、佐々木さんの笑顔を見ながら思った。


「きっと、散歩がしたくなったんでしょうね。

 あのオーナーには、病院生活は物足りなかったでしょうから」



 話も一段落し、僕は腕時計を見て時間を確認した。

 昼前の仕込みの時間に、あまり長居をしてはいけない。


「では、そろそろ失礼します」


 ここはとても居心地がいいので、名残惜しい。

 僕のそんな気持ちを察したように佐々木さんは穏やかに笑った。


「お疲れさまです。またお話も聞かせてくださいね。

 若い人と楽しく話したって言ったら、あの人子供みたいにすねるのよ。

 それもまた楽しいから」



 夕方、職場に戻ると課長の姿はなかった。

 頼まれた豆をきちんと届けたと報告したかったが、明日でも問題ないだろう。

 家に帰ったら奥さんの口から知ることになるだろうけれど。





 次の日、課長は出勤して来なかった。

 職場のホワイトボードにある課長のマグネットは「外出」の欄にある。

 遠くまで豆の取引に行くこともあるので、特に気にせずに仕事を始めた。


 その次の日も、課長は来なかった。

 事前に何も聞かされずに2日も会えないことなどなかった。


「課長、珍しく風邪でもひいたのかな。相談したい事があるのにな」


 同僚とお昼を食べながら、何となく口にした。同僚はかきこんでいたご飯のどんぶりをお盆に載せ、口を動かしながら眉をひそめた。彼が話せるようになるまではもう少しかかりそうだったので、続けて一昨日聞いたことを話す。


「課長のやきもちで夫婦喧嘩になってたりして。

 奥さんが若い人と話をすると、課長がすねるんだってさ。

 度を超えた課長に奥さんが怒って「実家に帰ります!」なんて事になってないと

 いいんだけど」


 咀嚼を終えた同僚が水を一杯飲んで、声をひそめて言う。


「お前たしか昨日は営業先から直帰だったな。

 夕方会社に連絡が入ったんだよ」


 同僚は難しい顔をして続ける。



「佐々木課長の奥さん、亡くなったって。

 一昨日の朝、交通事故に遭って、

 そのまま意識が戻らずに昨日の夕方に亡くなったそうだ」




白昼夢・・・目覚めている状態で見る現実味を帯びた非現実的な体験や、現実から離れて何かを考えている状態を表す言葉。(Wikiより)


ラストは、何かに気付いた吉岡君が、同僚の実体があるか、手を伸ばして終わらせてもいいなと悩みましたが、シンプルに終わらせました。

友人との世間話をネタに書き始め、完結したので初投稿です!

(横書きの行間や段落のつけ方を試行錯誤中です。)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小気味良く進んでいく物語。 そのキモとなるのはやはり会話。 必要最低限の情報と状況描写にムダがないため、スルリと読めるのがありがたい。 また、キャラクターに於いても、人懐こそうな営業マンと…
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