03 あずかり知らぬところで
■■ 柳四季 視点 ■■
―3077年12月5日正午
魔法局の中にある会議室は異様な緊張感に包まれていた。重厚な雰囲気の椅子にはそれぞれの大陸の首長が座っている。うーんやっぱりここに来んの止めといたほうがよかったんか?そう考えていると議長が口を開いた。
「四季さん、貴方の娘さんは魔法が使えるそうですね?貴方と同じく……。ここに呼び出したのは他でもない、彼女のことについてです。」
やっぱりな。上に未輝が魔法を使えることを報告したとたんこれだ。まあ私の時も母が同じ思いをしたからな。未輝を産んだときだってここに呼び出された。黒髪の者が産まれた。計り知れない魔力を持った人間が。魔力だけならまだましだ。でも魔法が使えるとなったら一気に最強クラスの兵器になってしまう。一つの大陸にそんな奴が2人もいたらたまったもんじゃないだろう。他の大陸から見たらいつユーラシア側がその人間を連れて襲ってくるかわからない。だから首長達は危険排除に乗り出したのだ。
母のときは赤ん坊の私を生かすか、殺すかの選択肢だった。母は迷わず私を生かしてくれた。私の時は首長達が怯えていたのでその選択肢はなかった。もし言われたら、私も迷わず未輝を生かした。というかあの時は答える前に魔法で周囲滅茶苦茶にするつもりだったけど。今はあの時の首長たちとは違う顔ぶれのはずだ。さて今回はどんなカードを使ってくるやら……。なるべく面倒くさい方向に話を進めないことを祈りながら首長達の意見を聞くべく、返事をした。
■■ ユーラシア大陸首長 視点 ■■
はーいと返事をする黒髪の少女。緊張感のない声が会議室にやけに響く。会議室には数名の黒服のSPと各大陸の首長、そしてそれらの視線を浴びながら座っている少女。これ端から見たらいたいけな女の子をいじめている大人達の図にしかならないだろ。
しかし、この子、いやこの女性が「水のシキ」……。魔法使いの中でも突出した能力をもつ「六賢人」のうちの一人か……。
その気になれば私たちの首、いやこの場にいる全員の首を取るなど容易いことだろう。そんな人物を前にして平静でいるのは難しい。もともと色の白い北アメリカ大陸の首長は顔色が真っ青だ。アフリカ大陸と南アメリカ大陸の首長はマナーモード状態だし、オーストラリア大陸の首長はさっきからはやく言えよとばかりにこちらをチラチラ見ている。言っとくけど私が進行役やらなかったらお前になってたんだからな!?進行役に選ばれた理由はこの中で一番ポーカーフェイスだから。鉄面皮と言われてきた自分の顔がまさかこんなところで役立とうとは……。
今回彼女を呼び出したのは彼女の実の娘、「柳未輝」のことについてだ。四季さんの報告によると、未輝君は昨日魔法が使えるようになったと。魔法自体はただの下級魔法だったが発動した際、大量の魔力がそこら中に飛び散ったそうだ。四季さんがとっさに魔法結界を張ったらしいが未輝君の魔力に当てられてしまい、魔力酔いを起こしてしまったと。魔力酔いは、自分の体の中の魔力が外部からの干渉により上限量を超えると起こる。彼女が、魔力酔いしたということは、つまり……未輝君の魔力は四季君のものより強い…。今現在、黒い髪を持つ者はこの世に2人しかいない。今までは四季君が世界最多量の魔力を持つ人間だった。か、彼女より魔力が上だと……。なんて事だ……。
この報告を受けた首長達は直ぐに会議を開き、未輝君の処遇について話し合った。結論はすでに出ている。だが……。他の首長と同じく、私も彼女の前に座るだけで手が震える。言わなければ。私は彼女の神経を逆撫でしないよう極力優しい声を出した。
「選択肢はひとつ。貴方が他の大陸に行き、未輝君がユーラシア大陸に残ることです。……娘さんとは極力接触しないでいただきたい」
「へぇ……」
笑顔のままではあるが声色が冷たい。彼女の魔力の変化を感じとったのかSP達がすかさず構え……られていない!?SP達もよく見ると今までにないぐらい緊張しているのがわかる。あ、南アメリカ大陸の首長が白目向いてる……。大陸のトップ共がそろいもそろってこのザマか。人前では見せられないな、これ。
ここに来る前に魔法局の人間から「遺書を書いておくことをオススメしますよ」と言われた理由が分かる。
「その間に貴方たちが私の家族に何かしないっていう保証でもあるんですかねー?」
「護衛を付けよう」
「えぇ?ふふ、もう冗談止めてくださいよ……。すでにつけてくれてるじゃないですか」
護衛という名の監視をな。前の首長達は未輝君が産まれたと聞きすぐに監視した。四季さんに無断で。そのことが彼女の逆鱗に触れたのか監視用に送った隊員は全員重度の魔力酔いで帰ってきた。直後、首長達は直ぐに彼女に謝罪し、彼女からの要請を飲んだ。家の中は監視しないこと。そして家の中での未輝君についての報告は四季さんにゆだねること。確かに誰だって家の中で監視されたくはない。
「私は家族が無事でいると直接確認できないと気が済まないんですよ、ね?首長さん」
ものすごいプレッシャーだ……。ここで返答を誤れば殺されてしまうだろう。今までに味わった事のない威圧感に気圧されながらも私は答えた。
「……分かりました。一ヶ月に一回面会時間を設けましょう」
■■ 柳四季 視点 ■■
「失礼しました」
会議室から退出すると廊下で上司とすれ違った。苦笑を浮かべてる。まああれだけ分かりやすく魔力動かしたらバレるわな。
「あまり虐めてやるなよ、首長は一応ここのトップなんだぞ?」
「ぷっ!一応ってそれ、実質的に貴方がトップってことですか?いいんですか、聞こえてると思いますけど」
「ん?いいや、あの人がここのトップだから今から部下の非礼を詫びにいくのさ」
「滅茶苦茶白々しいですね……」
非礼って言っても、ちょーっと威圧感出しただけやし。会議室に向かう上司の背中を見送る。気を取り直して先ほど議長からもらった封筒に入っている紙を見ると
『 柳四季様
辞令
3077年12月7日付けで、魔法局 ドイツ地区支部 勤務を命じます。』
と書いてある。ドイツ地区支部なぁ……。ユーラシアの首長がドイツ支部にパイプ持ってるからか?どうせ、むこうに着いたら直ぐに他の支部に異動させる気やろうけど。大陸から出るって言ってたし、行くならキューバ地区辺りか。うん、遠いな。どちらにせよ、家族とはしばらく会えないだろう。今日の内に別れを告げとくか……。
夜、封筒の中にある書類を確認していると、紙切れが一枚落ちた。なんか書いてんな。なになに……。
『首長への謝罪ついでにお願いしといたぞ。月に一日なら家に帰ってもいいってさ。それとこれは俺からの餞別だ。娘さんにあげたら喜ぶんじゃないか?
お前の上司より』
これ、すれ違った時に封筒入れ替えたな。どうりでなんか重いなと思ったわ!封筒の中には「よいこのまほうずかん」がある。可愛らしい絵が表紙の本だ。なかなか気障だなうちの上司は……。
出発する前、未輝に図鑑を渡すととても喜んでいた。今度、お礼言わなあかんな。月に一日か。謝罪ついでとか言っとるけどそっちがメインやろ。ああ見えて、部下思いやからなあの人。
……ありがとうございます。私は上司への感謝を胸に、ドイツ地区へと発つのだった。




