01 状況確認は大事
「おーい、お前らーご飯だぞー」
兄の間延びした声が聞こえる。もう晩ご飯か……。チラッと傍にあった時計を確認すると
西暦3077年12月4日午後6時49分
と表示されている。―私が記憶を取り戻してから3日が過ぎた。その間に把握したことはここが私の生きていた時代から千年ほど経っていること、そしてこの世界は魔法が存在している異世界であることだった。
私が「今世の記憶にある情報が正しけりゃここは異世界かもしれない説」を押し入れの中で唱えている最中、追い払った兄に「妹がへそを曲げて押し入れに閉じこもっている」と告げられた母が乱入し、
「まあちょっと機嫌直してくれや」と言った瞬間、母の手に氷の結晶が現れたのだ。
―母さんの得意な魔法な!
母はそう告げ、歪な形の氷を私に握らせるとヒョイと私を抱え、そのままお風呂場へと連行した。
そして極めつけにお風呂上がり、父が見ているテレビニュースを覗くと「18才少年 魔法で家焼く」というニュースのトピックが流れていた。もうここまで見たら流石にここが異世界であることを認めるしかないだろう。
そして、この世界自身についてだ。
昨夜この世界の情報を得るため、そこら辺の本棚から抜いてきた本を開くとたまたま世界地図が載っていた。驚くことになんとその地図にあったのは前世の世界そのまんまの地形だった。ユーラシア大陸はもちろん、南極大陸もあったしマダガスカル島まであった。
ただ、その地図にはどの大陸を見ても国境線がなくその代わりに大陸と大陸の間に「大陸線」が刻まれていた。早い話、この世界では「国」というのを大陸で分けているのだ。例えば日本なら「ユーラシア大陸」、ニュージーランドは「オーストラリア大陸」として扱われている。学生の頃地理が苦手だった身としては嬉しい発見だ。
……まあそれも次のページにあった「世界の地区」にある六大陸に前世の国境線と同じ位置に線が引かれていて脱力することになるのだが。
「おーい 未輝-?どうしたんだ?箸が止まってるぞ?」
「え、ああ、なんでもないよ」
忘れてた。そういや今食事中だったわ。居間に揃った家族から怪訝な目を向けられる。
「考え事か?だめだなぁ。メシ食ってる時にんな事してたらメシが不味くなっちまうぞ」
「未輝は賢い子だからね。考え事しててもちゃんとご飯を味わえるんだよ。君と違って僕に似てるから」
「なんだと!やるかこのモヤシ!」
「へー考え事ー?ねえねえ未輝、考え事って何考えてたの-?」
「もしかしたら昨日読んでた本のことかもしれませんよ。夜遅くまで熱心に読んでましたから」
「げっ!未輝おまえあんな本夜遅くまで読んでたのかよ!」
「こら、口に食べ物を含んだまま喋るんじゃない」
ついでに言うと上の会話は全て兄たちのものである。
今更感があるが今世での私の名前は柳未輝という。九人兄妹の末っ子だ。おまけ程度の情報だが兄妹は私以外全員男だ。おかげで記憶を取り戻すまではこの少女は男勝りのじゃじゃ馬娘だった。記憶を取り戻すきっかけになった兄との遊びだって
「ベランダから落ちるか落ちないかのスリルを味わう」という小学生男子でもやらないような遊びをしていた。
少なくとも今の私ならやりません。絶対にだ。なんたって今世では長生きが目標なんですから。
夕食後、この世界の情報を集めるために本棚を漁っていたらトン、と背中に軽い衝撃と柔らかい感触がした。
……誰かに抱きつかれている。いや、ちょっと待てよ。兄ちゃんたちは確かここの部屋にめったに近づかないはず……。なんか不気味だし、薄暗いから「でそう」って二番目の兄ちゃんが言ってたけど……。
ままままさかそんな非現実的な事が起こる訳ないし!で、でも魔法が存在してるなら幽霊もありえるかもしれない……ええい女は度胸じゃ!直接この目で確かめてやる!
思い切って振り返るとそこには黒髪の少女がいた。
「未輝、ただいまー」
ホントに出たああああ!!!!