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好きって思うと幸せな気持ちになれたんです。

以前投稿した「カメレオン」という作品の改訂版です。恋愛要素を強めて最後を変えました。


 初めて人を好きになったのは、ずっと昔だ。相手は隣の家に住む6つ上のお姉さんだった。6つ上の俺の兄とお姉さんと俺とでいつも遊んでいた。いや、遊んでもらっていたというのが正しいだろうか。

 けれど、俺が小学校に上がるようになると遊ぶことはなくなった。それでもお姉さんはよく家に遊びに来ていた。兄の彼女として。

 彼女は俺に好きだと言った。いつも笑って、大好きだよと。だから俺も彼女が大好きだった。けれど、それは親愛の大好きであって、恋愛の大好きでは決してなかった。そんなこと、幼い俺にはわからなかった。

 小学生の恋は憧れと呼ばれ、中学生同士の恋は恋と呼ばれた。好きだという気持ちすら、否定された気がして苦しかった。好きには色んな形があって、「大好き」って言葉だけでは決してわからないんだと、俺はその時思ったんだ。そして、人を好きになることは、苦しいことなんだと彼女に教えてもらった。



 淡い太陽の光を浴びた教室。

梅雨も明け、夏の始まりを迎えたこの季節は、何もしていなくても汗が出るほど暑い。

けれど、朝だけは過ごしやすい温度を保っていた。しかし、それでも全力で自転車を漕げば汗をかくのは当然である。

 青年が一人、チャイムの音と共に、教室のドアを勢い良く開けた。その顔は、汗でぬれている。

クラスメイト30人分の視線と、担任教師の視線が青年に集まった。しかも、教師の視線には、怒気と呆れが混ざっている。

「…あはは。えっと、ギリギリセーフですよね?」

 汗でぬれた髪を掻きながら、苦笑いを浮かべた青年に教師はため息をついた。

「今日はギリギリセーフだ。だけどな、本当にギリギリだぞ?高良の家は学校から近い所にある筈だろう。もう少し早く来い。次は、こんなにギリギリに来たら、遅刻扱いするからな」

「ちょっ!先生、ギリギリセーフなら、ギリギリセーフ扱いしてくださいよ!」

「いや。お前には危機感が足りないようだからな。今度からは遅刻扱いだ」

「そんな~」

 高良と呼ばれた青年と、教師の掛け合いを見て、一人が、笑いを口に出す。

それは連鎖的に拡がり、高良を除くクラス全員が笑っていた。

「朝からお疲れ」

 高良敦が席に着くと、隣の席に座る笹本祐介が笑いを含みながらそう言った。

「マジで疲れた」

「やせるかもよ?松浦のおかげで」

「松浦」というフレーズに敦は苦い顔をする。

「その名前、聞きたくねぇ」

 腕を机の上で折り、頭をつける。大きなため息をつきながら、敦は、「ちょっと前までは幸せだったのに」と小さく漏らした。

祐介は微苦笑を浮かべながら、「そうだな」と同意する。


 事の発端は、1か月前。

いつものように友人と弁当を食べている敦に向かって、言葉が放たれた。

「私、高良くんのこと、好きになったから」

 高めの位置で括った長い髪。小さな体に小さな顔。声は高く、可愛いと称して何ら問題はない彼女は、隣のクラスの生徒だった。

 皆の注目が敦と彼女双方に集まり、それに気が付いた彼女の頬は更に赤くなっていく。

 それを見ながら敦は冷静に、目の前にいる人物の名前を思い出そうとしていた。

「松本栞…?」

「松浦です」

 彼女の訂正に思い出したと言わんばかりに手を叩く。 一年の時、確か同じクラスだった筈だ。

「おいおい、敦。何か言ってやれよ~」

 友人が面白そうに敦の肩を叩く。クラスメイトも頷いていた。

 そう言われ、とりあえず栞を見る。

 可愛らしい顔だ。背も小さく、どこか護ってあげたい気がしないでもない。

一年間クラスメイトとして過ごし、あまり関わりはなかったけれど、優しい子だったような気がする。

そう言えば、友だちも栞は性格がいいと言っていたような気がした。

 敦と目が合うと、栞の頬は一気に赤さを増す。照れた時の癖なのだろうか、前髪を必死に触っていた。

「ごめん、気持ちは嬉しいけど、俺、松浦さんのこと知らないんだ。だから、松浦さんの気持ちには応えられない」

 栞は一瞬肩を落としたが、すぐに、表情に笑みを戻した。

「そうだよね。一年間一緒のクラスだったけど、高良くんとほとんど話さなかったし、知らなくて当たり前だよね」

「…ごめんね」

「いいの。これからは、私のこともっと知ってもらえるように頑張るね!」

 栞は最大級の笑顔を浮かべ、くるっとスカートを翻し、後ろを向いた。

顔だけを敦の方に向け、「また来るね。バイバイ」そう言い残し、自分のクラスへと戻って行った。

 敦は、ぽかりと口を開け、呆然と去って行く小さな背中を見送る。

ただ傍観していた友人たちは、数秒後、手を叩き爆笑した。

「恋する女は強いな」

 笑いすぎて涙目になりながら敦の背中をバシバシ叩く友人。

そんな友人の隣で敦はため息とともに漏らした。

「面倒くせぇ」

 それからだ。松浦栞が敦にまとわりつくようになったのは。休み時間毎に敦のクラスに訪れ、昼は当たり前のように一緒に弁当を広げる。帰りもなぜか栞に家まで送られるのだ。それは、ストーカーと言っても過言ではないレベル。なんとまあ、オープンなストーカーだろうか。

だからこそ敦は遅刻魔になった。

朝付きまとわれる時間を少しでも減らそうと、時間ぎりぎりに学校へ向かい、休み時間はトイレに身を隠す。

「なんで、こんなことになったのかな?」

 机に伏しながら、敦は言う。

「ま、恋は盲目。なんじゃねぇの?」

 面白がるではなく、ただ事実を伝えるように祐介が返答した。

 

 気が付けば、担任の教師は職員室に戻り、一時間目の数学の授業が始まっていた。

黒板を見ると、大きく「自習」と書かれてある。

 クラスメイト達は、音楽を聴いたり、話をしたりしていた。

隣で授業をしている教師が様子を伺いに来るギリギリの騒がしさ。高校生活も2年目となると、そういうスキルだけは向上するのだ。

「あ、栞ちゃん」

 窓の外を眺めていた一人の男子が声を出す。

そのフレーズに皆の視線が敦に集まるのはお決まりのことで、もう動揺すらしなかった。

からかわれるのが面倒で、敦は机に伏したまま目を閉じる。

「なんだよ。寝てんのか?つまんねぇな」

「やっぱさ、栞ちゃん可愛いよな」

「だよな!顔は小さいし、目は大きいし」

「正直、あの栞ちゃんに好かれてるなんて、敦が羨ましいよな」

 窓際の集団は、「松浦栞」をテーマに話を始めた。その話題の結論はいつも決まっている。「敦が羨ましい」といい、羨望の目を向けるのだ。

「羨ましけりゃ、代わってやるのに」

「そう言うなって」

 敦が心の中で呟いた筈の言葉は、外に漏れていたらしい。机に伏したまま目を開けると、祐介が苦笑いを浮かべていた。

「俺、ストーカーの被害者なんだけど」

「あれをストーカーと呼んでいいのか?」

「100%の確率でストーキングされてますけど?」

「確かにな」

 笑う祐介を敦が軽く睨む。

「笑い事じゃない」

「ごめん、ごめん。でもさ、敦も松浦のこと可愛いとは思うだろう?」

 少しだけ考え、「そりゃ、…まぁ」と肯定の意を示す。一般的に見て可愛い部類に入るのだ。あのオープンなストーカーは。

「だったらなんで?別に付き合ってもいいんじゃないの?」

「可愛いと思ってるからって付き合うと直結はしないだろう」

「そりゃそうだけどさ。でも、可愛いって思うってことは好意の一つの現れなわけだし、そこから恋愛感情になることもあると思うけど?」

「…」

「それにさ、『敦が好き!』って全身全霊で言ってるんだしさ」

 敦の表情が僅かに曇る。その違いに気付かず、祐介は進めた。

「付き合ってみてもいいと思うよ。俺は」

「好きなんて、本当かどうかわかんないだろう」

「なんだよそれ。あんなに好きだって言ってんじゃん」

「…言葉だけなら、なんとでも言える」

「お前、信じてやれよ」

「あ~はいはい。わかったよ」

 おざなりの返事にそれでも祐介は自分のことのように嬉しそうに笑った。

 けれど、敦はわかっていた。自分が栞のことを真剣に考えてみることはないと。だって、言葉だけなら何とでも言える。


「あ~つ~し~く~ん」

 甲高い声が教室に響き渡る。

窓の外を見ると、一人の女子生徒が大きく手を振っていた。ご丁寧にクラスメイトの誰かが、この暑い中窓を開けてくれたらしい。声がよく耳に入る。

「はぁ~」

 敦は額に手をやり、ため息をつく。

「敦くん!自習?いいな~!!」

「こら!松浦!お前は、またか!!」

「ごめんなさい!」

「お前、何回注意されれば気が済むんだ!グラウンド3周してこい」

「え~。先生。今日は球技大会の練習なんだから、球技をさせてくださいよ」

「球技をさせてやってるのに、お前が男に現をぬかしてるのが悪いんじゃないか」

「男に現をぬかしてるんじゃありません!」

「現をぬかしてるじゃないか」

「男にじゃなくて、敦くんにです。ね、敦くん!!」

 再び教室に向かって栞が手を振る。おそらく学校中が今のやり取りを見ているかと思うと、敦は頭が痛くなった。

「ね。じゃない!!いいから走ってこい」

「は~い」

 渋々と言った様子で栞が走りだす。その姿を見ながら敦は肩を下げ、ため息と一緒に言葉を吐きだした。

「あいつらは、何度同じことを繰り返せば気が済むんだ」

「確かに、毎度お馴染みだな。栞ちゃんの台詞も先生の台詞も」

「あの体育の教師、絶対ちょっと楽しんでるだろう…」

 呆れるように呟くそれに祐介は笑って同意する。

「ま、あいつ、お笑い好きだからな」

「体育教師のそんなプチ情報いらねぇよ」

「まあ、いいじゃないか。敦もこれで、学校の人気者だぞ」

「お笑い的な意味でな」

「今、お笑いの人気高いぞ?」

「…他人事だと思って楽しんでるだろう?お前も」

「だって、他人事だし」

 飄々と言ってのけた祐介の頭を力を込めて叩く。痛さで顔が歪んだようだが敦は見ない振りを決め込んだ。

「敦~!手くらい振ってやれよ。栞ちゃんが可哀想だろう?」

 周りではクラスメイトたちが嫌な笑みを浮かべていた。ため息をつく。こちらも毎度お馴染みの台詞だ。

外から「ラスト~」と声が聞こえる。運動神経がよいのか、もうすでに3週目に突入したようだ。

声に釣られ、敦が窓の外を見る。そんな敦に気が付いたのか、走りながら手を振ってきた。

周りからの無言の圧力を感じ、敦は小さく手を上げた。

途端に笑顔になる栞。離れた場所にいる敦には、表情の変化まではわからないが、よりスピードを上げた手の振りを見て、栞の喜びが判断できた。

「やっぱり可愛いな、松浦」

「つーか、子どもっぽいな」

「高校生はギリ子どもだろう?」

「同い年には見えないって意味」

「それは確かにそう思うけどさ。必死なんだろうな」

「何に?」

「お前に振り向いてもらいたくて」

「…」

「ま、じっくり考えてみろって。悩めよ、少年」

「お前、誰だよ」

 ため息をついた。太陽がゆっくりと上がってきている。温度が徐々に上がり、冷房を付けているとはいえ、28度に設定されている教室内では、額を流れる汗は止まらない。

「キーンコーンカーンコーン」

 授業の終了を知らせる鐘が鳴り響いた。

 敦は窓の外を眺めた。セミが懸命に鳴いているのが、窓越しからも伝わった。


 太陽は徐々に熱を増し、日に日に気温は上がっていった。アスファルトからは湯気のような熱が発せられ、流れる汗の量は増してくる。

 セミの鳴く声も大きくなり、夏本番となっていた。

 季節は一日、一日変化を続けて行く。それでも、日常に大きな違いは見られない。

 敦の遅刻魔は解消されず、栞は相変わらず敦に付きまとう。相変わらず、敦はため息をつき、周りが笑った。

 栞が敦を好きになって3か月が経過しようとしていた。

「敦くん!ごめん、今日は一緒に帰れないんだ」

 約束をしているわけではないのに、栞は申し訳なさそうに謝った。

「いや、別に約束してるわけじゃないから謝んなくていいよ」

「でも、友だちと帰るだけだから。浮気じゃないから!」

「別に聞いてないし」

「大丈夫、私は敦くん一筋だよ!」

「…俺の話全く聞いてないだろ」

「そんなことないよ。敦くんの言葉を聞き漏らすわけないでしょう?」

「……」

「それじゃあ、友だち待たせてるからもう行くね」

「あ~どうぞ、ご勝手に」

「敦くん」

「…何?」

「今日も大好きだよ」

「…は?」

「じゃあ、また、明日ね」

 少しだけ照れたような栞の言葉に敦は顔を赤らめた。見られたくなくて視線を逸らす。もう、行けとでもいうように手を振った。

 そんな敦に栞は嬉しそうに手を振り、背を向ける。

 なんだか暑くなって敦は教室の窓を開けた。けれど、冷やされている教室より外の風の方が暑いのは当たり前で、ただ生暖かい風が教室になだれ込んだだけだった。

「何やってるんだろう」

 誰にも聞こえない独り言を一つ漏らした。


 ため息をついて、敦は一度頬を叩く。茶色の通学鞄を手に持った。

 そしてなんだか不思議な気分に襲われる。帰るために教室を出るだけだ。それだけの事なのに、一人だというのは久しぶりだった。この3か月、栞が迎えに来て、一緒に教室のドアをくぐるのが当たり前だったのだ。

 寂しいと思いそうになる自分を敦は笑った。階段をとぼとぼ降り、上履きを靴箱に入れる。

「ねぇ、もうやめたら?」

「そうだよ。他の人探せばいいじゃん。栞ならもっといい人いるよ」

 不意に聞こえたそんな声に、敦の手は止まった。栞という名前に思わず耳をそばだてる。

 声は靴箱をはさんだ向こうからだった。思わず息をひそめ、耳に意識を集中させる。

「…でも、私が好きなのは敦くんだから」

「栞、3か月よく頑張ったと思うよ」

 友人の一人が静かに言った。栞が息を飲むのがなんとなくわかった。

「…」

「3か月、必死で好きだって伝えてきて、それでも、高良くんは何も言わなかった。好きだって言われるのは気分がよくて、でも付き合う気なんてないから何も言わないんじゃないの?そんな人に栞は任せられないよ」

「そんなことないよ。一番初めにちゃんと振られてる。でも、それでも私がしつこく付きまとってるの」

「ねぇ、栞。きちんと栞のことを考えている人なら、もう一度ちゃんと栞の気持ちと向き合って、答えを出してくれるはずだよ。こんなにいつまでもずるずる引きづるのは栞の好きって気持ちを否定してるのと同じなんじゃない?」

 栞の友人の言葉に敦は思わず鞄を落としそうになった。

 人を好きになるのが怖かった。否定されるのが怖かったから。必死で思った気持ちをないものにされた経験があったから。

 けれど、自分はどうなのだろう。栞から「好き」と伝えられるたび、「また言っている」としか思わなかったのではないだろうか。それは栞の気持ちを否定していることに他ならないのではないだろうか。

「…私の友だちで栞のことをいいって言っている人がいるの。…今度会ってみない?」

「栞、もう、振り向かない相手を追いかけるのはやめにして、新しい人を見てみようよ」

「……どうしてダメなの?」

 今まで黙っていた栞が小さく口を開いた。聞こえるか聞こえないかの小さな音量に敦は息を飲む。

「敦くんが私の気持ちを受け入れてくれないことくらい痛いくらい、……私が一番わかってるよ。でも、それでも、傍にいたいって思ったらいけない?」

「栞…」

「叶わないってわかっていながらも、奇跡を信じることもいけないの?」

「…」

「大好きなの。…なんでそれだけじゃ、いけないの」

 最後の方は友人に言っているというより、自分に言い聞かせているように敦には聞こえた。

「…そんなに好きなんだ」

「うん」

 友人の言葉に栞は頷いた。そして小さく自嘲気味に笑う。

「バカみたいでしょう?たった一度、一年生の時の文化祭で一緒に買い出しに行っただけなのに。その時にね、必死になって話を盛り上げてくれたの。全然共通点が見つからなくて、会話は何度も途切れたけど、私は楽しかった。優しい人なんだなって思った」

「…そっか」

「さりげなく道路側を歩いてくれる所とかそういうのが新鮮で嬉しくて。たったそれだけなの。それだけで、大好きになった」

 敦はその時のことを思い出そうと記憶をたどったが、思い出せなかった。記憶にすら残らないほどの短い時間だったのだろう。それでも、栞はその時間の中で、「大好き」を見つけた。

「好きだって告げてから、無理やりだったけど、それでも敦くんは、一緒に帰ってくれた。私の歩く速さに合わせてくれた。それが、嬉しかったの。諦められないなって思うくらい」

「…うん」

「ごめんね、栞。勝手なこと言って」

 友人の言葉に栞は首を横に振る。その目には涙がにじんでいた。

「でも、…本当は苦しいの。好きを受け入れてはくれないのに、優しくしてくれるから。…優しいところが大好きなのに、優しさがこんなに苦しいなんて思わなかった」

「栞…」

 友人が泣き出す栞に手を伸ばそうと手を伸ばした時だった。

「…じゃあ、そう言えよ!」

 怒ったようなその声が栞の耳に入る。靴箱一つ隔てた3人がいる場所へ、敦は姿を現した。

「…敦、くん?」

 そう名前を呼ぶ栞は、大粒の涙を瞳に浮かべていて敦は胸が苦しくなった。思わず手を伸ばす。栞の細い腕を掴み、引き寄せた。栞の友人2人が驚いた顔をし、顔を見合わせてその場を離れたが、敦の目には映らなかった。

 栞の小さな頭に手をやり、胸に押し付けた。

「苦しいなら、そう言えよ。いつだって笑ってるから、…わかんないよ。言わないと」

「…」

「好き、しか言わなかったじゃねぇか。そんなの信じられるかよ。ちゃんと言えよ。苦しいって」

「…だって怖いんだもん。優しくされるのは苦しいけど、もう来るなって言われるのはそれ以上に怖いんだもん!」

「…」

「…言えないよ。言えるわけないじゃん。だって、私は敦くんの何でもない。恋人でも、友だちですらないでしょう」

「…俺は松浦が怖いよ」

「え?」

 栞は顔を上げて敦を見た。

「松浦が俺を好きじゃなくなるのが怖い。松浦の好きって言葉がいつかなくなるのが怖い」

「…好きでいていいなら、ずっと好きに決まってるじゃん。…こんなに好きなんだから」

「…」

「信じられないなんて言わないで。真っ直ぐ目を見て、気持ちを伝えているのに、信じられないなんて言わないで。こんなに好きなの。好きって言葉以外で伝えられないの」

「…松浦は、人を好きになるのはつらいことだって思わないの?」

 敦の言葉に栞は小さく首を横に振った。

「思わないよ。だって、人を好きになることは幸せだって、敦くんが教えてくれたから」

「え?」

「敦くんを想うと苦しくて、怖くて、どうしようもなくなるけれど、でも、やっぱり顔を見ると幸せで思わず笑っちゃうの。人を好きになるって素敵なことなんだって、敦くんが教えてくれたんだよ」

「…」

「だから、信じられないなんて言わないで。…信じてくれるだけでいいから」

「…」

「好きだって…同じ気持ちになってくれなくてもいいから。私の気持ちを否定しないで」

「…なぁ、俺も、幸せになっていい?」

「え?」

「…好きだって、松浦を好きだって思ってもいい?」

「思ってくれるの?」

 不安そうに敦を見上げる栞を抱く手を強くする。栞もおずおずと敦の背中に腕を回した。

「好きだよ」

「私も、大好き」

「栞」

「え?名前…」

「だめ?」

「…」

「名前で呼んでもいいだろう?」

 敦の言葉に栞は涙を浮かべ、けれど幸せそうに頷いた。

「栞、好きだよ」

 

 どうして好きになってくれたの、と君が聞くので、俺は少し考えて「なんでかな」と答えた。君が拗ねたように頬を膨らましたので、その頬にキスを送った。あれだけみんなの前で好きだと言ってきた君なのに、そんな一つの動作で顔を赤くする。それが愛おしくて、嬉しかった。

 好きという気持ちを信じられるほど、好きと言ってくれた君に今度は俺がたくさんの好きを言おう。

 理由はもう少ししたらじっくり答えを出すからさ。今は俺の「好き」を傍で聞いててよ。



最後まで読んでいただきありがとうございました!!

そして完全に季節が真逆ですみません!!

今年一年お世話になりました。

いろんな話をかけてコメントや評価をいただけて、また、本も出版でき、本当に幸せでした。

来年も小説を書いていくつもりです!!


本当にありがとうございました!!

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