エピローグ・愚者たちの秘め事
同じであって同じではない。
繰り返される言葉にも、別々の意味が宿っている。
だからこそ、もう一度彼らの言葉に耳を傾けてみて欲しい。
きっと、新たなる真実を、
その目で、
その耳で、
感じ取ることが出来る筈だから―――。
『エピローグ・愚者たちの秘め事』
―――ここは、暗い。
昏い闇の中だ。
どこを見渡しても果てのない暗闇の中。
そんな中で、ぼんやりと何かが浮かび上がってくるのが見えるではないか。
それ自体が光を纏っているのか。それとも、その場所だけが明るいのか。
不思議なことがあるものだと目を凝らして見ていれば、一つの円卓がまるで最初からそこにあったかのように置かれていた。
これといって装飾のない、いたってシンプルな白い円卓だ。
それを囲むように椅子が四脚ある。
だが、その椅子に座る者たちが見当たらないようだ。
しかし、四つの声が聞こえるではないか。
はて?と首を傾げてみるものの、声の主たちの間で会話が成立している。
おかしなものだと思いつつも、少し彼らの声に耳を傾けてみるとしよう。
* * *
「さて、君たち」
そう、誰かに問いかける男の美声が闇の中で響いた。
「君たちの“蝶”は、どうだったかな?」
男は、自身の言葉に愉悦を含ませながら問う。
その声に、鈴の音のような可愛らしい少年の声が答えた。
「僕の可愛い“お人形さん”たちは、面白い結末を迎えてくれたよ♪」
「ほぉ。それは、それは……では、随分と楽しんだようだね。それは、何よりだ」
「うん!何てったって僕たちのお人形さんだよ?」
興奮したような声で捲し立てる。
「最初はさ、ちょっとの期待しかしてなかったんだけど、いっつも僕の予想を上回る行動を起こしてくれたんだもん!
もう、それだけで楽しくってさ!途中から予想することもバカらしくなっちゃったよ。
……だから、ずっと見てたんだ僕。
あの子たちが……ううん、あの子が笑っていられる世界を見続けたんだ。
僕たちに科せられた長い、長い時間の中で、あの一瞬は本当に楽しいものだったんだよ?」
「それは、良かった。さて、君を楽しませてくれた“お人形さん”か……。今から聞くのが楽しみだよ」
「うん、楽しみにしててよ!」
「では、次」
「……我が話そう」
重い口を開くかのように、渋みのある声で喋り出す男。
「我らは狂っている。
あの地もまた、我らに劣るとはいえ狂っている。
故に、あの地に堕とした我の“玩具”もまた、堕ち行く定めにあると。
が、あれは我の想いに応えてくれた」
「ということは、君もまた愉しんだようだね?」
「ああ、愉しませて貰った。我は、心の底から愉しませて貰った。あれは、いい。あれは、実に良かった」
もしも、彼の顔を見ることが出来たのなら、にやりと嗤い、その顔を歪ませているに違いない。
「君を愉しませた“玩具”か。是非ともお聞かせ願おうかな」
「ああ、愉しみにしておれ。この我をも愉しませた奴だ。主の期待を裏切ることはあるまい」
「あーー!!そういえばあんた!下に降りたよね!?」
少年の声が、終わりそうだった会話の中に介入する。
「……下に降りたが、それがどうしたというのだ?我は“選定者”。選定者の特権を使用しただけだろうに」
「むぅ。そういうことじゃないんだって!僕たちはお人形さんに会えないのに、あんただけずっこいなって話!」
拗ねた声を出し羨む少年に、「かっかっか、羨ましかろう?」と、男が笑う。
「ははっ、こればっかりは仕方のないことだ。選定者と呼ばれる者たちは、いつだって自由だからね」
「ちぇっ。ほーんと、あんたばっかりずっこいよ」
拗ねた少年を宥めた男は、今の今まで口を開いていない最後の存在に話しかける。
「さて、“元審判者”である君は?君の“お気に入り”は、どうだったかな?」
「……」
沈黙する人物に男は、わざとらしく溜息を吐くものの反応する様子はなかった。
「……わかった。わかったよ。君の要望通り、あの子には何もしないと誓おう。過去も現在も未来もだ。
私の言葉は絶対だ。それは、君らを始めとするこの世のありとあらゆるモノに対してもそうだ。
無論、私という存在もその例外ではない。
――私の言葉は、私をも縛る。
さぁ、私は私自身に誓った。これでもまだ駄目かな?」
「……いえ」
「ふふ。久しぶりに君の声を聞いたよ」
嬉しそうにそう言った男の言葉を無視し、絞り出すように壮年の男が話し出す。
「私の……」と、言った所で男は、一度言葉を切ると言い直す。
「俺の大切な者は、彼の地で俺の願いを叶えてくれました」
「そうか、それは本当に良かった。君は、あれを本当に可愛がっていたからね。
……けれど、そんなに大切なら傍に置きたいと思わなかったのかい?折角罪を犯したのに、どうしてその道を選ばなかったんだい?」
「そうすれば、“ ”のためにはならないからです。俺の存在を“ ”に知られてはいけないのです。
だから俺は……。あの日、あの時、誓ったんです」
血を吐くような男の声だけが木霊した。
「そうだったね。だから君は“咎人”になった」
後悔しているか?と問えば、これで良かったのですと答える男がいた。
「……君の大切な記憶をこの場で穢すのも忍びない。君の話だけは飛ばそうかな?」
「いえ、全て話します。それが俺の最後の仕事ですから」
「分かったよ。君も大概、真面目な奴だね。
……それでは、始めるとしよう。
君たちが何を見、何を聞き、何を思ったのか。――さぁ、聴かせておくれ。この私に」
* * *
――かくして始まった。
彼らの、
彼らのためだけの宴が。
彼女たちは、知らないそうだ。
何故、自分たちだったのか。
何故、自分たちがこんな目に合わなければいけなかったのか。
何故なんだろう?
どうしてなんだろうか?
そのような言葉ばかりが浮かんでは、消えて行ったに違いない。
そして、彼女たちは、知らないまま物語を終えたのだ。
彼らの言葉を聞いても尚、分からぬ私のように。
先にエピローグを持ってきました。
といっても何だか分からない感じとなっておりますが。
自分の中ではエピローグであり、物語の始まりです。
そして、この意味不明な男たちの会話は、あと一話続きます。
それさえ終われば、ようやく物語突入なので、ここらへんはさらっと流して貰えればなと思います。