>>>『アプリ』アプリ内課金あり
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スマホへの同期が完了した。これから観察が容易になるだろう。直接的な干渉はできない箱庭仕様の為、家事でもしながら時々啓示を与えれば特殊個体がどうにかするだろう
さて、今回は言語を導入することとした。引用元を参照させるのは面倒なので適当に作ることとしよう
さて言語とは何だろうか、ほんの少しでも疑問に思ったことはないだろうか?今回規則性はあるものの全く意味のない文字列を世界に導入した
言語全般を制限しようものなら特殊個体は現地民との接触が面倒なことになる。そこで『スマホ』への制限ありきの救済を導入してみたがそもそも特殊個体の特性が『万能』に近いせいで気がつくだろうか。やや心配が勝る
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「ここがリーフテン・ベルクか」
男が馬車から降りて目にしたのは人混みと石煉瓦造り立ち並ぶ大通りの一角だった。元と言うには活気溢れるそんな様子に『元』がこれなら『全盛期』はどれほどの賑わいを見せていたのか
男には想像もつかないだろう
「こちらにどうぞ◾️◾️さん」
男の後に馬車から降りた老人は自らの経営する店へと手招きをした。男は老人の声に促される形で名残惜しい喧騒に別れを告げると手のひらで指された先を見て、より強い感激を受けた
男の背丈を優に超え、建物立ち並ぶ大通りの一部をこれ程占拠している店は他にない横幅の立派な木造建築
『木造建築』───リーフテン・ベルクにおいてこの『木造建築』と言うのがどれだけ価値の高い物かが即座に分かる者はそう多くない
周囲に草木の生えていないということは他所から仕入れることが前提となるそのコストは計り知れない物だろう
「…」
男はその建物に老人の後ろをついていく形で歩いているとふと看板───裁ち鋏が布を裂いている途中の木工絵と筆記体の様な文字が目に止まった
何ともなしに眺めていた男だったが、感じた違和感に歩みを僅かに歪ませた
「読めない……」
男は馬鹿ではなかった。学業における成績は中の中、運動も馬鹿にされない程度にはできる。しかし彼が目にした看板の文字は読むことができなかった
『言語』───男の扱う第一言語と異世界における言語は発声こそ似たものがあったがその文字には似た様な物が一切感じられなかった
「どうされましたか?◾️◾️さん?」
「いえ、何でもありません」
馬車に揺られる道中で自分が世間知らずであることを共有している老人にすら男はこのことを伝えなかった
それは『危機感』によるものだった。如何に世間知らずとは言えこの状況において『異世界言語』を扱っている自分がどの様な扱いを受けるのか未知数故の判断だった
◆◇◆◇◆『イセスマ』
「お帰りなさいませ、ロッツォ様」
「お茶と軽い食事の準備を」
建物に入るなり顔に白い布を纏った人がやってくると老人───ロッツォに頭を下げた
ロッツォは手慣れた様子でやってきた人───『従業員』に命令を出して下がらせた
「ささ、こちらに」
ロッツォは店の一角に設けられている豪華というより、高価と形容できる空間に男を招いた。男はそれに従い、ゆったりとくつろげるソファーに体を預けた
それ程経たずして、香りを放つ茶と茶菓子がやって来るとそれぞれに配膳された
「長旅でお疲れでしょう、少し落ち着ける時間をとりましょう」
「お心遣い感謝します」
◆◇◆◇◆『イセスマ』
「時に◾️◾️さんはこの後どちらに?」
「…」
二人がお茶をして十数分ロッツォが思い出した様に聞いた。彼なりの『時間』への配慮によるものだった
しかし、男にとってそれはは急かす質問に思え、内心で冷や汗を流していた
「特に予定はありませんね」
「なるほど、でしたら」
空になったお皿とほんの少ししか残っていないポッドを前にロッツォは2度手を打つと従業員が奥からゾロゾロと出てくるとあっという間にハンガーラックの森を整えた
「少しお召し物を見繕わせて頂きたく思います」
「え?え?」
ロッツォは満面の笑みで再び2度手を打った。従業員の1人が男の手を受け、立ち上がらせると驚く男を他所にあれやこれやと簡単な試着を姿見の前で始めた
「ほほぉ」
目まぐるしく変化する眼前の光景に対して呆気に取られる男が何着かの服を見送る中、少し口角が上がったのをロッツォは見逃さなかった。一度の手打ちが辺りに響き、次々と流されていた服の数々がハンガーラックへと戻って行き、一着を残して全てが整えられた
「◾️◾️さん、どうでしょうか」
「…凄く良いですね」
用意された、気になった服を前に感心のあまり言葉を失いかけた男は絞り出す様に忌憚なき言葉を口にした
全体的に落ち着いたイメージでまとめられており、動く時にも邪魔にならない作りをした───『大通りで見かけた』他の人と変わらない服装に男は安堵の表情を浮かべるが直ぐに俯いた
「お気に召しませんでしたか?」
「いえ、とても気に入ったんですが」
男は文無しだった。正確には『この世界の通貨』を持っていなかった
「巡教者の方からお代を受けるつもりはございません」
「それは」
男の心配を汲んでか、ロッツォは笑みでそう答えた。しかし、男はそれに納得がいっていない様子で言葉を返した
「ふむ、それでしたらそのお召しになっている制服を私に預けていただくことは可能でしょうか?」
「このスーツをですか?」
「スーツというのですか、いやはや一眼見て触った時、これ程の職人技を私は十と見たことがなかったので是非、間近において頂けるならと」
世界一優しい商談はこうして終わった
◆◇◆◇◆『イセスマ』
「◾️◾️さん、これを」
ロッツォの店を後にする時、男は手の中にジャラジャラと鳴る袋を手渡された
「ご確認下さい」
「?」
小首を傾げる男は袋の中を確認すると日本硬貨の五百円玉程の大きさの物が少なくない量入っていた
「これは?」
「スーツの代金にございます。加えて万が一にでも紛失、破損があった際の頭金です」
「こんな、何から何まで」
男が驚き、袋を返そうとするとロッツォはそれを優しく断った
「世を回しているのは金です。◾️◾️さんのその謙虚さは美徳であると同時に弱みでもございます。老婆心で言わせて頂きますが身を削ることだけはおやめ下さい」
深々と頭を下げるロッツォに渋々男は袋を受け取り、感謝の言葉を口にした。ロッツォもまたその様子に満足した様子を見せた
思わぬ収入を前に男は少し考えるとロッツォに尋ねた
「この都市に泊まれるところはありませんか?陽が暮れる前にでもとりたいと思いまして」
「えぇ、ございますよ。宿屋ならこの大通りを上りまして右手に何軒かございます」
「ありがとうございます」
「シーマ神のご加護があらむことを」
◆◇◆◇◆『イセスマ』
「いい人だったな…」
ロッツォと別れた男は鞄からスマホを取り出すと電源を入れた午後1時を表示しており、やや驚いた様子を見せた
見上げれば空が橙色に色付いており時間と景色がどうにもあっていない印象を受けたからだ
「これ、合ってるんだろうか?」
男はそれ以上スマホを触ることはなかった。彼がスマホに届いていた『アプリ』の更新や『充電』の表示が変わっているのに気がつくのはやや先になることだろう
「すみません」
「はい?」
男は道行く人に声を掛けては歩き、声を掛けては歩きを繰り返し、宿屋の立ち並ぶ『宿泊区画』へと着くことに成功した