第9話「前みたいに話せなくなったのは、私のせい」
(どうしよう……うまく話せない)
週明けの月曜日。
いつも通りの社内。いつも通りの席。
なのに、芦澤さんと顔を合わせるのが、やけに難しかった。
「椎名さん、おはようございます」
「……お、おはようございますっ」
声が裏返って、自分でびっくりした。
(だめだ……なんか、意識しちゃってる)
それまでは普通に会話してた。
資料のやりとりも、雑談も、自然にできていた。
でも今は、目を合わせるのも少し怖い。
芦澤さんが、前と同じように接してくるのに、
私だけが妙によそよそしい。
「……椎名さん、最近、ちょっとだけ避けてません?」
昼過ぎ、コピー機の前で声をかけられた。
「えっ、そ、そんなことないです!」
即答したけど、返す声が浮ついていたのは自分でもわかった。
芦澤さんは、笑わなかった。
「何か、嫌なことしたかなって……」
「ち、違います! そんな、全然、ないです!」
焦って言葉を重ねた。
でも言えば言うほど、心臓がうるさくなる。
(違うのに。違うのに)
好きになってしまったから。
今までみたいに自然にいられないだけで。
(ほんと、私、こういうの下手すぎ)
「……じゃあ、ちょっと安心しました」
それでも、芦澤さんは変わらず優しかった。
「また前みたいに、普通に話してくれたら嬉しいです」
「……はい」
うなずくことしかできなかった。
“普通に”が、いちばん難しいのに。
だけど──
それでも「話したい」って思ってしまうのが、恋なんだろうな、と思った。