第8話「夢に出てくるなんて、ずるいです」
「……え、付き合ってるわけじゃないの?」
お昼休み、休憩室で同期の沙耶にそう言われて、私は思わずむせた。
「ぶっ、なに言って──!」
「だってさー、芦澤さん、最近やたら優しいし。椎名にだけじゃない?」
「それは……きっと、気のせいで……」
「えー? だってこの前の企画会議でもさ、椎名の案、真っ先に拾ってたよ」
(あれは……別に、そういうんじゃ)
「いいなぁ。大人の恋って感じ」
「ちがうってば……」
強く否定しながら、心の中ではざわついていた。
(……ほんとに? ほんとに違う?)
その夜、ベッドに入っても頭が冴えていた。
電気を消しても、考えてしまうのは、芦澤さんのことばかり。
「また資料ミスりそうになったら、俺がカバーするんで」
「椎名さんって、意外と負けず嫌いですよね」
「ちゃんと、食べてくださいね」
──なんで、そんな言葉ばっかり覚えてるの。
(……寝よ)
無理やり目を閉じた。
すぐに浅い眠りに落ち、気がつけば、夢を見ていた。
会社じゃない。
どこか知らないカフェ。
芦澤さんが、笑って、私にコーヒーを差し出してくる。
「今日も頑張りましたね」
なんて優しい声。
どきん、と心臓が鳴ったところで、目が覚めた。
「……え」
まだ明け方。
うっすら白む天井を見つめながら、ぼんやりする。
(夢に……出てきた)
しかも、やけにリアルで、優しくて。
洗面台の前で顔を洗いながら、鏡を見てふと思う。
(私、なんでこんな顔してるんだろ)
いつもの顔じゃない。
ちょっと、火照ってる。
少し、目元が柔らかい。
──ああ、もう。これって。
「……好きなんだ、私」
言葉にしたら、胸がきゅっとなった。
気づきたくなかった。
でももう、逃げられない。