第7話「あなたに、見られたくなかった」
コンビニの冷蔵棚の前で、私はしばらく立ち尽くしていた。
(お腹すいてない……わけじゃない)
でも、何を食べたいのか、ぜんぜん浮かばない。
パスタ? うーん。
おにぎり? うーん。
カップスープ? ……違う。
「……これでいいや」
手に取ったのは、袋詰めのチキンサラダと、ミネラルウォーター。
(どうしてだろ。最近、夜になると何も食べたくなくなる)
レジに並ぼうとした、その時だった。
「……椎名さん?」
聞き慣れた声に、思わず肩が跳ねた。
振り向くと、冷食コーナーの前に、芦澤さん。
手にしたカゴには、おにぎりとカップ味噌汁。
「遅いですね。帰り?」
「え、あ……はい。芦澤さんこそ」
「俺は、もうちょっとだけ資料見ようと思って。会社戻るつもりだったんですけど」
ちらりと、私の手元を見る。
「……それだけ?」
あ、と思った。
言われたくなかった。
(こんなとこ、見られたくなかった)
「……今日は、あんまりお腹すいてなくて。夜遅いし、軽くしとこうかなって」
言い訳みたいな口調になったのが、自分でもわかった。
でも芦澤さんは、それ以上、何も言わなかった。
「じゃあ、俺はこっち買っときます」
と、おにぎりをもう一個追加してカゴに入れた。
「あとで送りますよ、半分こしましょう。サラダだけじゃお腹空きますから」
「……いいですよ、そんな」
「じゃあ、これで貸しひとつってことで」
ゆるい笑顔でそう言われて、断るタイミングを完全に逃した。
レジを終えたあと、外に出て──
「じゃ、俺、ちょっと戻るんで。椎名さんは、ちゃんと休んでくださいね」
「……はい」
いつもどおりの挨拶みたいに、それだけ言ってくれる。
さっきまで重たかった袋が、少しだけ軽く感じた。
(やっぱり、ずるいよ)
あんな言い方されたら、もう“ただの先輩”ではいられなくなる。
(……会わなきゃよかったのに)
でも、心のどこかで。
ほんの少しだけ、会えてよかったって思ってしまってる。
そんな自分が、また悔しい夜だった。