第4話「この人のこと、まだよく知らない」
「お疲れさまでした。じゃ、軽く寄ってきますか」
打ち合わせ帰りの夕方。
芦澤さんが、さりげなく言った。
会社のあるビルから駅に向かう途中、
ふたりきりになる時間が、ほんの少しだけ長く感じられた。
「行きつけがあるんですか?」
「いや、最近できた立ち飲みの店があって。椎名さん、お酒ダメでしたっけ?」
「……缶ビールくらいなら」
「じゃあ、ビール一杯だけ付き合ってください」
軽く手をあげて、曲がり角の小さな店に入っていく。
──強引でも、誘うでもなく、ただ自然な流れで。
(あの人って、こんな感じだったっけ)
立ち飲みスペースに腰を落ち着けて、軽く乾杯。
「あの資料、助かりました。俺、一人だったらたぶん回らなかったです」
「そんな、私こそ……。芦澤さんが調整してくれてたおかげです」
「昔から、数字には強かったでしょ」
「え……」
ふいに言われた言葉に、グラスを持つ手が止まった。
「覚えてないかもしれないけど、新人のときの研修で出してた資料。あれ、けっこうすごかったですよ」
「……あれ、私、途中で計算ミスして、めちゃくちゃ怒られたやつです」
「でもミス以外のところ、俺はちゃんと見てたよ。あの分析視点、俺にはなかったから」
まっすぐな目で、そんなことを言われると──
ずるい、と思った。
(昔も、ちゃんと見ててくれたの?)
そう思ってしまった自分が、少しだけ悔しい。
でも、心のどこかで
“嫌いな人”じゃなくなっていくこの感じに、気づいてしまっていた。
「椎名さんって、たぶん思ってるより優秀ですよ。ちょっと人見知りなだけで」
「……それ、芦澤さんが言います?」
「自覚してますから」
グラスの中の氷が、カランと音を立てた。
誰かと飲むお酒が、こんなに自然だったことに驚いてる。
たった一杯で顔が熱いのは、アルコールのせいだけじゃなかった。