第3話「たぶん、私が誤解していた」
「この資料、去年のデータも見られます?」
「あ、はい。下のタブに──あ、ここです」
「ありがとう。……なるほど、よくまとめてますね」
月曜の午後。
会議室の隅で、私は芦澤先輩──いや、芦澤さんと並んでパソコン画面を見ていた。
あれから半日。ぎこちなく始まった“バディ”仕事。
でも、意外にも……話しやすい。
というか、驚くほど普通に会話ができている。
(……前は、こんなふうに話せなかったのに)
無愛想で、目も合わなくて、何を考えてるかさっぱりわからなかった。
あの頃の私にとって、芦澤さんは“話しかけづらい人”の代名詞だった。
でも、今のこの人は──
「俺、喋るのが下手だったからさ。たぶん、あの頃……感じ悪かったよね」
不意に、そんな言葉が落ちてきた。
私は思わず、手を止めた。
「え……?」
「新人のとき、同じチームだったでしょ? 俺、ちゃんと話そうと思ってたのに、うまくいかなくて。嫌われてるだろうなって、ずっと思ってた」
──それは、私が思っていたことと、まるっきり逆だった。
「……私こそ、嫌われてるって思ってましたよ」
「あー……やっぱり、すれ違ってたんだな、俺たち」
そう言って、芦澤さんはほんの少しだけ笑った。
その笑い方が、少しだけ、悔しかった。
もっと早く、こうして話せてたら。
もっと早く、知ることができてたら。
(……いや、今さら何を)
私は画面に視線を戻して、小さく息を吐いた。
「これ、まとめて印刷しておきますね」
「うん、お願い。あと、来週の打ち合わせも一緒に行ってもらえる?」
「了解です」
それだけのやりとりなのに、心の中はなんだか、落ち着かなくて。
私はまだ、芦澤さんのことを「嫌いな人」として片付けられないままでいた。