第1話「大嫌いだった人のことを、たまに思い出す」
土曜日の午前十一時過ぎ。
窓の外から、近所の子どもたちの声が聞こえてくる。
洗濯機の終わる音と同時に、私はトースターの前で腕を組んだ。
「うん、まあ、いい感じ」
コンビニの冷蔵コーナーで見つけた薄いピザクラストに、ピザソースととろけるチーズを乗せただけ。
仕上げに冷凍バジルをぱらっと散らせば、なんとなく“休日してる感”が出るから不思議だ。
横には、袋ごと皿に盛っただけのサラダと、冷えた缶ビール。
──こういうとき、思い出すのはいつも同じ顔だった。
「……芦澤先輩」
名前を声に出すと、軽く眉が寄った。
社会人一年目。今思い出しても胃が痛くなるような日々だった。
慣れない仕事。失敗の連続。ミスしては謝り、覚えることで精一杯で。
そんなとき、同じチームにいた三歳年上の先輩。
あの人は、私にほとんど何も言わなかった。
優しくもなければ、厳しくもない。
ただ、あきれたように、興味なさそうに、時々こっちを見て、すぐ目を逸らした。
言われなかった言葉より、言われなかった態度が、ずっと胸に残ってる。
──嫌いだった。たぶん今でも、ちょっとだけ。
私は缶ビールをぷしゅっと開けて、ピザをひと口。
「……あ、うま」
チーズがしっかり焼けてると、それだけでご機嫌になれる。
この気楽さが、ひとり暮らしのいいところだ。
ふとスマホを見ると、会社の社内連絡用アプリに新着通知。
月曜の朝、チーム編成が変わるらしい。直属の上司が変わるって。
「まさか、芦澤先輩……とか、ないよね」
ありえない。もう五年も前の話だ。
今どこで何してるかも知らないし、関わることなんて、もう二度と──
スマホが震えた。
『月曜より、営業第二課へ異動。チームリーダー:芦澤涼介』
缶ビールを持ったまま、私は固まった。
──え、ほんとに?
ほんとに、よりにもよって、あの人?
ビールの泡が、ぬるくなっていた。