つまらない
「どうも皆さん、本日はよくお集まりくださいました」
「博士ー!」
「フォオオオオオウ!」
「素敵です!」
「いよっ、天才!」
「かわいいー!」
熱気に包まれた会場。博士は壇上で両手を広げ、観客を見渡し、穏やかな笑みで応えた。新たな発明を披露するため、各所に呼びかけ、人々を集めたのだ。マスコミ、著名人、一般の観客、抽選に外れ、会場の外にまで群がる人々――その誰もが、目を輝かせて博士を見つめている。
「えー、さて、まずはジョークを一つ……。『あーあ、もう使い切ったと思ってたトマトが冷蔵庫の隅にあったよ』『おいおい、それは“ケチャップ”だね!』」
「ははははははは!」
「最高!」
「ははははは!」
「おもしろーい!」
「優しい笑い!」
「ご好評につき、もう一つ。『先生、最近物忘れがひどくて困ってるんですよ』『そうですか。大変言いにくいですが、その話は三度目です』『いや、それは先生のお耳が遠いから、何度も言わされたんですよ!』『え? 今なんて言いました?』『え? すみません、忘れてしまいました……』」
「あははははは!」
「は、博士え、うふふふはははははは!」
「ひーひっひっひ!」
「うひひひひひひ!」
「どうもどうも、では、もう一つ。『新しく腕時計を買ったんだけど、どうも変なんだよね』『変って? 不良品なの? 針の動きがおかしいとか?』『いや、そういうわけじゃないんだけど、なんかいつの間にか時間が無くなってるんだよね』『それは、君が時計を眺めすぎているからだよ』」
「あははははははははははは!」
「ははは、ゲホッゴホ! ははははは!」
「ひひひひひ、く、苦しい……ひひひひ」
「ははは、博士、もう勘弁して、あなたはジョークの天才だ!」
「芸人顔負けやでー!」
会場は笑いの渦に包まれた。しかし、博士の顔から笑みがすっと消えた。真顔に戻り、淡々と語り始めた。
「えー、皆さん。今お聞かせしたジョーク、大して面白いものではありません。それなのに、なぜこんなに笑っているのでしょうか?」
博士は舞台中央に鎮座する装置を指さした。
「これこそ私の発明品、『感情操作装置』です。今、私への好感度を高め、つまらない話でも面白く感じるように、電波を通じて皆さんの脳に作用していたのです」
「すごーい!」
「博士、かわいいー!」
「ほっこりー!」
「噛まずに喋れて偉い!」
「……実はこの装置、数か月前から密かに稼働させていました。戦争が止まり、犯罪が減ったのも、この装置の影響です。私がそうなるように調整していたのです。人々の心を穏やかに、穏やかに……とね。この装置があれば世界平和、あるいは世界征服も実現可能でしょう。しかし、私は気づいてしまったのです……」
博士は手にしたリモコンを操作した。会場に充満していた笑い声が徐々に収まっていく。
「では、ここでジョークを一つ。『博士、おはようございます。どうです? 新しい発明品のアイデアは出ましたか?』『ああ、設計図を書いたよ』『さすが博士。でも、どこにあるんですか?』『そこだよ、ベッドの上だ』『どれどれ……って、これ、おねしょじゃないですか!』『夢の中で書いたんだがな、現実にはそれしか持ち帰れなかったんだ。まさに夢の跡だな』」
…………静寂。先ほどまでの熱狂が嘘のように、場内は沈黙に包まれた。
「ん?」
「あの人、誰?」
「うわっ、もうこんな時間じゃないか」
「意味がわからん……」
人々は次第にざわつき始め、ぞろぞろと会場を後にし始めた。「なんだったんだ、あのつまらない話は……」と、困惑と不満の色を浮かべて。
その背中を見送りながら、博士は頷き、そっと呟いた。
「そう、つまらないんだ。共感する相手がいないとな……」
その後、世界中の人々の感情がゆっくりと、しかし確実に薄れていった。