自己肯定感高めな男爵令嬢は無難な人生を歩みたい
「ちょっと!そこのあなた!」
「はい?」
学園の廊下を歩いていたら、金髪の美しい令嬢が、高飛車に呼び止めてきた。
わたしは後ろを振り返る。
「マーガレット・ミレリア!あなたなんかに殿下は渡さなくってよ!」
ミレリア男爵家の娘、マーガレット・ミレリアことわたしは、意味がわからず首をかしげた。
「はぁ…」
「なによ!そのピンときていない返事は!」
なにがなんだか、と気の抜けた声を出したわたしに対して、金髪の令嬢は眦を吊り上げる。
「いえ…殿下の婚約者はフローリア様であるということは存じておりますので……渡さないとか当たり前のことを言われましても……」
金髪の美少女、フローリア・アミュレット侯爵令嬢が、その美しい顔を歪める。
「あなたが生徒会室で、親しげに殿下と話しているのは知っているんですからね!あの誰にでも平等な殿下が、あなたには気安く悩みを相談すると!一体どうやって誑かしたというのよ!」
ビシィッと、閉じた扇子をわたしに突きつけるフローリア様。
「同じ生徒会役員として、お話を伺うことはありますが…そんな色気があるような内容ではありませんよ?他の役員の方もいらっしゃって、2人きりではありませんし」
なにをどう勘違いしているのか、フローリア様の婚約者である王太子殿下と、わたしとはただの生徒会の同僚だ。
「うるさいわね!学園内で噂になっているのを知らないとでも言うの!?殿下が男爵令嬢を寵愛してわたくしとの婚約を破棄するだとか、真実の愛で結ばれたふたりだとか!」
その話を聞いて、わたしはぎょっとした。そこまでの話になっているとは。
確かに生徒会役員に選ばれた時点で、殿下とお近づきになりたい輩からはやっかまれたものだ。どれも突拍子もない話すぎて、気にするだけ無駄だと思っていたのだが。
しかし、フローリア様は本気で信じているようだ。
ぱっちりとしたアーモンドアイは吊り上がり、わたしを憎々しげに睨みつけている。
うーん、どうしたものか。
噂話を信じているフローリア様に、憎い相手であるわたしから弁明したところで信じてもらえないのは明白。
わたしの言葉を信じてもらえないならば…。
「そうだ、殿下に聞きましょう」
「はぁ!?」
フローリア様が令嬢にあるまじき声を上げた。
「わたしから何を言っても聞いてはいただけないでしょう。殿下のお言葉を直接お聞きになれば、フローリア様の誤解は解けるはずです」
わたしはぽんっと手を合わせた。我ながら妙案である。けして説明が面倒になったからではない。
「で、で、殿下にお聞きしたところで、どうせ言い逃れをされるだけです!素直にお認めになるはずがありませんわ!」
フローリア様が明らかに動揺した。
泥棒猫には強く言えるが、殿下に直接言うのは無理ということか。
しかし、フローリア様が言うことも一理ある。彼女は、殿下がわたしをかばって嘘を付くと思っているのだろう。
「それなら、こっそり覗いていただきましょう」
わたしの眼の前で、絶世の美少女が訝しげに首をかしげた。
生徒会室には他の役員である伯爵令息様と子爵令息様がいたが、わたしとフローリア様が連れ立って現れると手を止めた。
「申し訳ございません、本日の仕事はわたしが引き受けますので、席を外していただけますか?」
なんとなく事情を察したお二人は、明日でも間に合うものだから気にしないで、と快く退席してくれた。
そのまま、あれよあれよという間に、わけがわかっていないフローリア様を生徒会室の奥の扉に押し込む。
普段書庫として使っている部屋で、生徒会長である殿下の座る席と近い。ほんの少しドアを開けておけば声がよく聞こえた。
「もうそろそろ殿下がいらっしゃる時間です。そこからこっそり覗いてください」
「こ、侯爵令嬢であるわたくしが盗み聞きなんて!はしたないわ!」
いざ、という段になって、フローリア様が抵抗しはじめた。しかし本気の抵抗ではない。侯爵令嬢としてのプライドと、真実を知りたい好奇心がせめぎ合っているようだ。
「いいですか、フローリア様。今を逃せば、心から信じられる情報を得る機会は一生きませんよ。後日同じような状況になったとしても、わたしと殿下が口裏を合わせたのだろうとお疑いになるでしょう?今なら、わたしはフローリア様に話しかけられてそのまま生徒会室に来て、会話をしたのも役員のお二人だけ。どうやっても口裏を合わせる機会はありません」
わたしの畳み掛ける言葉に、フローリア様が揺れたのがわかった。
先ほどまでの強気な視線が、弱々しくわたしの胸元あたりでさまよう。
「フローリア様には真実を知る権利があります。大丈夫です!これは正当な行為です」
「そうかしら…」
「そうです!」
「そう、そうよね…」
正直、フローリア様はちょろかった。
強気で高飛車な態度からは想像できないくらい、中身はピュアなのかもしれない。
とにかく、丸め込まれたフローリア様を書庫に残し、わたしは生徒会長の脇の席に座った。書記であるわたしの定位置である。
ほどなくして、王太子殿下がやってきた。
「おや?今日はマーガレットだけか?」
「はい、他の方は皆さん予定があるようで、たまたまわたしだけになってしまいました」
「珍しいこともあるものだな」
ふんわりとしたアッシュグレーの髪に甘いマスクのエリック王太子殿下。
婚約者がいるのは周知の事実だが、それでもお近づきになりたい女性があとを絶たない美男子だ。
殿下とフローリア様が並ぶと、金と銀の色合いがお似合いでとても絵になる。
「我々しかいないのであれば、今日はお開きにするか?特に急ぎのものもないだろう」
殿下が席に着き、決裁が必要なものをパラパラとめくった。
「まあ、せっかくですし少しお話でもしていきましょうよ」
わたしが言うと、殿下は目を丸めた。
「なんだ、マーガレットからそんなことを言うなんて、本当に珍しいこともあるものだな」
「まあまあ、そう言わずに。わたしと殿下のことが噂になっているのはご存じですよね?」
わたしがその話題を出すと、書類から手を離した殿下がつまらなそうに頬杖をついた。
「なんだ、そんな話か?別に本気で言っているやつはいないだろう」
殿下は心底どうでもよさそうな声色で言った。
「いやいや、それが真剣に信じている方もいるみたいですよ。前世からの恋人同士だとか、フローリア様とは仮面夫婦になってわたしを愛妾にするだとか」
あれ?噂の内容こんなのだったっけ?わたしも興味がなかったのであいまいだ。
「本気で言ってるのか?」
「本気の人もいるみたいですよ?」
たとえばあなたの婚約者様とか。
「フローリアとお前を比べて?本気で?どう考えてもフローリアを選ぶだろう」
「いや普通に失礼」
わたしは遠慮なしにつっこんでしまった。殿下には友人としての軽口は咎めないと以前から言われているので、身分なんてお構い無しだ。
「マーガレットも不細工ではないが、まあ、その、不美人だろう」
「それ言葉を選んだつもりですか」
これは身分とか関係なく怒っていいやつだ。
「頭だってフローリアのほうがいいだろう」
「これでも生徒会役員に選ばれるくらいの頭脳はあるんですけどね」
「そうは言っても、男爵位の中での一番だろう?」
我が校の生徒会役員は、各爵位のうち一番成績がいいものが1人ずつ選ばれる仕組みだ。爵位の偏りなく学校運営に声を取り入れるための工夫である。
わたしは男爵位の学年一位。
学年全体で言えば中の上くらい。
学園入学前は家の仕事を手伝ったりしてほとんど勉強していなかった低位貴族の子女と、入学前から最高レベルの家庭教師に囲まれていたような高位貴族の子女とではそもそもの基礎レベルが違う。
学園ではじめてまともに勉強したわたしと、物心ついた頃から王太子妃となるべく英才教育を施されていたフローリア様。どちらが頭がいいかなんて考えるまでもない。月とスッポンだ。
「王族は別枠だから、どんなに頭が悪くても生徒会役員になれますけどね」
「一応オレは学年トップだがな」
そうでした。非の打ち所がない完璧王子でした。
「そもそも男爵令嬢が王太子妃に選ばれるわけがないだろう?愛妾は無理ではないが、別に必要性は感じないな」
「わたしだって愛妾なんてまっぴらですよ」
うんうん、とわたしと殿下は頷きあった。
「でもそれじゃあ、殿下は顔が良くて頭が良くて爵位が釣り合ったからフローリア様を選ぶと言っているようなもんじゃないですか」
「お前なぁ…」
殿下がわたしの口の悪さを咎めるように目をすがめる。
まあね、ちょっと今の言い方はお下品だったか。
でも、あの意外にピュアっぽいフローリア様ならそっち方面に誤解しそうだから、ここは言質を取っておかないと。
そう考えてわたしはあえて突っ込んだ言い方をした。
殿下はため息をつく。
「王族の結婚なんだからそのあたりは大事なことだろう。ただ……爵位だとか顔だとか頭だとか、なにかが欠けていたとしてもオレはフローリアと結婚するよ」
「ほほう」
おっ、いい感じの流れになったな。
「フローリアは、完璧そうに見えてちょっと抜けていたり、高飛車に見えて可愛らしいところもあるからな。そういうところを好ましいと思っている。今さら顔や爵位で別のヤツを愛そうとは思わないよ」
「ええ、わたしもそうじゃないかと思っていました」
フローリア様が可愛らしいのはついさっき知ったばかりだけど。
チラリと書庫の方を見る。
かすかに人が動いた気配がした。そろそろ潮時だろうか。もう結構いい感じのことも聞けたし終わってもいいかな。
殿下もわたしの視線につられて書庫を見た。そして、まさか、というように目を見張る。
「ははあ、マーガレットから話がしたいなんておかしいと思ったんだ」
「あら、そういう気分のときもあるかもしれませんよ?」
「お前、オレがここで大失言をかましたらどうしてくれるつもりだったんだ」
「やだなぁ、殿下ならそんなことにはならないだろうと思っての決行ですよ」
なんだかんだ殿下がフローリア様を大切に思っているのは言葉の端々で感じていたし、わたしに一ミリも気がないのもわかっていた。
そこそこいい結果になることがわかっていたから招いたのだ。わたしだって、こんなところで博打は打たない。
「フローリア、聞いているんだろう?怒らないから出ておいで」
殿下が、呆れつつも慈しむ口調でそう言った。目元は優しく細められている。
フローリア様ったら、こんなに大切そうな目で見てくる殿下を前に、なにを誤解していらっしゃったのやら。
少し間を置いて、諦めたらしいフローリア様がそろりと書庫から出てきた。
そして、わたしをひと睨みする。
「……ばらすなんて、酷いのではなくって?」
「いえいえ、殿下の洞察力が素晴らしかっただけですよ」
ほんのりと赤くなった顔で凄まれても全然怖くありません。
「フローリア、まさかとは思うが、噂を信じてオレとマーガレットの仲を疑ったのか?」
殿下が立ち上がって、俯くフローリア様のそばによる。
フローリア様は一歩後ずさった。
「だ、だって!皆が言っていますわ、マーガレット・ミレリアと殿下がとても気安い雰囲気だと!殿下がわたくしと話すよりも饒舌だと!」
うーん、と王子様が腕を組んで斜め上を見上げる。
「気安くはあるが、なんというか…。マーガレットにはオレにないものがあるんだ。だからつい話してしまう。しかしそれは決して甘い語らいではないぞ?」
「でも!でも!わたくしと話すときは殿下は聞いてばかりじゃありませんか!この女といると殿下ばかり話していると聞きますわ!」
「マーガレットに話すと不思議と考えがまとまるんだよ。マーガレットの話を聞きたいとは別に思わないんだ」
「その言い方は酷くないですか、わたしは壁じゃないんですよ」
「うるさい、茶々を入れるんじゃない」
ついつい気になって突っ込んでしまった。
気を取り直して殿下が話し始める。
「フローリアの話ならいくらでも聞いていたいと思ってしまうんだ。その可愛らしい声で、フローリアのことをたくさん教えてほしい」
「な…!」
フローリア様ったら、茹でダコみたいに真っ赤になってしまった。
「でも…殿下がたくさん話したくなるなんて、悔しいですわ…。マーガレット・ミレリアにある、その、話したくなる秘密はなんですの…?」
フローリア様がもじもじしている。最初の「そこのあなた!」と呼び止められたときの威勢はどこに行ってしまったのやら。
今思えば、あれはフローリア様の強がりだったのかもしれない。自信がないがゆえに、強気にいかなければならなかったのだろう。
殿下がふと考えるような仕草をした。
「そうだなぁ…。そうだ、フローリア、もし君の顔を魔法で好きなように変えられるとしたら、どうしたい?痛みもなく、完全に理想通りになるとして、どこを変えたい?」
「ええ?」
フローリア様がきょとんとする。
「ええっと…顔をわたくしの好きなように、ですか?それなら……鼻を少し高くして…瞳ももう少しぱっちり、かつ吊り上がらないようにしたいですわ。二重も左右のバランスが悪いので、同じようにしたいです。唇もふっくらさせて、あごもすっきりほっそりさせたいですわね」
はじめは不思議そうだったのに、だんだん興が乗ってきたようで、次から次へと出できた。
殿下がふむ、とあごに手を当てる。
「では、マーガレット。君は魔法で顔を好きに変えられるとしたらどこを変えたい?」
なんの話をしているのかよくわからないが、わたしは思ったままを口にした。
「わたしは別に顔は変えたくないですね」
わたしの回答に、フローリア様が驚愕して目を見開いている。
「その顔で変えたいところがないんですの!?」
「フローリア様も大概失礼ですね」
このカップル、2人揃って遠慮なく失礼だな。
「まあ確かに美人じゃないですけど、父と母に似ている慣れ親しんだ顔ですから。なんだかんだこの顔に愛着があるんですよね。わたしが別人みたいに美人になったら、家族はさみしがる気がしますし」
殿下はしたり顔で笑った。
「ほらな、こういうところだ。完璧な美人であるフローリアですら、自分の顔に不満がある。だが、この不美人なマーガレットは、自分の持っているものに満足しているんだ」
不美人不美人って、ほんと失礼だな。
「悪い悪い、そう睨むなよマーガレット。誰でもコンプレックスはあるもんなんだよ。だが、お前は、なんというか、満ち足りているんだよな。明らかにオレやフローリアより持っているものは劣っているのに」
「いやほんと言い方」
世間一般ではそりゃわたしは不美人でしょうが、これでも家族には『我が家の可愛いマグ』と呼ばれ続けてきたのだ。外でもそんな呼び方をされるものだから恥ずかしくてしょうがないのだが。
「殿下やフローリア様は常に上を目指すことを求められている方々ですからね。なんだかんだ、わたしくらいの立ち位置の方が幸せは感じやすいのかもしれません」
実家は王都の学園に通えるくらいには余裕があって、家族から可愛がられ、勉強もそこそこできる。特別何か目指さなければならないものもなく、強要されるものもなく、やりたいことを自由に選択できる。
今後どうなるかはわからないが、わたしは幸せ者だとは思う。
「マーガレットの価値観にははっとさせられることがある。オレたちにはない視点をくれるんだ。今は生徒会役員だからオレの側にいるが、常々フローリアの侍女にでもどうかと思っていたんだ。フローリアも、きっとこいつを気に入ると思うよ」
「「ええっ!?」」
殿下の思わぬ発言に、わたしとフローリア様の驚きの声が重なった。
「いや、もうちょっと無難な就職先紹介してくださいよ…」
思わず浮かんだことがそのまま口をついて出た。
「わたくしの侍女では不満だということ!?」
フローリア様にキッと睨みつけられる。きれいにつり上がった目で睨まれるとかなり迫力があった。
しかしちょっと抜けてる中身を見てしまったあとでは迫力も半減だ。
「不満とかそういうことではなくですね、王太子妃の侍女なんて絶対忙しいし面倒そうじゃないですか。わたしは無難にお金をもらえて適当なタイミングでいい人見つけて結婚して辞められる程度の仕事が希望ですね。そのうち他の生徒会役員の皆様に推薦お願いしようと思ってました」
「なっ、なっ…!王太子妃、ひいては王妃の侍女なんて、皆が喉から手が出るほど欲する仕事ですのに…!」
フローリア様は驚愕して信じられないものを見る目をした。
「まあ確かにフローリア様の周りにいるような向上心高めのご令嬢であればそうかもしれませんね。でもしがない男爵令嬢としては違うというだけですよ」
婚約者もいないわたしとしては、家に迷惑をかけない程度に自分の食い扶持を稼ぎつつ、程よいタイミングで結婚相手を見つけるのがベストだった。
「もう!もう…!マーガレット、あなたを絶対にわたくしの侍女にしますわ!そしていつか感謝にむせび泣かせてみせますわ!」
「えぇ……」
どうやら変にフローリア様のプライドを刺激してしまったようだ。
殿下が苦笑していらっしゃる。この方楽しんでるな。
げんなしりているわたしと対照的に、フローリア様の頬は紅潮して、お顔もやる気に満ちている。
「そうと決まれば、学生のうちはわたくしとともに過ごしていただきますわよ。主と親交を深め好みを知ることも大事な侍女の仕事ですからね!」
「いやだからわたし侍女になるなんて言ってませんが……」
「いいから!マーガレットは下位貴族のクラスよね?お休みの時間はわたくしのところにいらっしゃい。もしこなかったらわたくしから乗り込みますからね」
下位貴族のクラスに女性の頂点に位置するフローリア様が現れたら大変な騒ぎになる。
わたしは騒ぎ後の面倒くささを考えて、渋々うなずいてしまった。しかし、これがわたしの人生の最大の失敗だったのだと、あとから思った。
「マグ!わたくしの可愛いマグはどこ!?」
「はいはい、ここにいますよフローリア様。いいかげんその呼び方はやめてくださいってば」
フローリア様とうちの家族が会った時に、家族がわたしのことをマグと呼ぶのを聞いてすっかり気に入られ、定着してしまった。
わたしとしては、マギーとか普通の愛称ならまだしも、舌っ足らずな子どもみたいな呼び方は、家の外で言われると恥ずかしい。
しかも、我が家の可愛いマグ、という呼びかけまで聞かれてしまって、それからフローリア様もよく使うようになった。
散々不美人だと言っていたくせに、どこをどうとって可愛いと言っているのやら…。
家族はいいのだ。家族にとってはわたしはいつまでも可愛いマグだから。
「あら、マグは可愛いわよ。可愛さって顔だけでは決まらないものなのね」
「婉曲に顔は可愛くないって言ってますね、それ」
あごにそっと手を添えて首をかしげる姿は大変お美しい。
フローリア様は、学園卒業後1年を経て無事王太子殿下と結婚し、王太子妃となった。
あの生徒会室での一件から、お二人はすれ違うことなく愛を育んでいる。
もともと王太子殿下からはしっかり愛情が向けられていたが、フローリア様の勘違いや妄想の暴走でうまく受け取れていなかっただけだ。素直になったら2人の間になにも障害はない。
そして、なぜかわたしもあれよあれよという間に王太子妃の侍女となっていた。
王宮の侍女ではなく、フローリア様が実家から連れてきたというていの侍女だ。わたしの他はアミュレット侯爵家に古くから仕えるベテラン侍女ばかりである。なぜここにわたしがいるのか。
「マグは特別よ、わたくしのお友達枠ね」
フローリア様がそう言うものだから、アミュレット侯爵家の侍女の皆様も好意的で、とても良くしてくれる。侍女としては至らないところばかりなわたしに、優しく指導してくださるのだ。
侯爵家の一流の侍女から仕事を教えてもらえるのは素直に楽しい。侍女の仕事は潰しがきくし、技術はしっかり吸収したいところだ。
しかし、お友達というなら、学生時代のフローリア様の周りには、それこそ身分の釣り合うお友達はたくさんいた。そういう人たちをお友達枠にしなくていいのかと聞いたことがあった。
「皆さんはわたくしの侍女というか、王宮侍女になって箔をつけてすぐにどこかに嫁いで行ってしまう方々だもの。まあ夫人になってからもお友達として過ごすことはあると思うけど」
「わたしもある程度で嫁ぎたいという希望もあるんですが」
「マグは特別よ。もし結婚したいならしてもいいし、子どもを産んでもいいわ。アミュレット家にはそのための休暇制度もあるわよ」
そう話すフローリア様は微笑んでいるのに有無を言わせぬなにかがあった。
「本当はすぐにでもいいお相手を見つけて、わたくしと同じ時期に出産して乳母になってくれたら一番いいんだけど…。1人目では難しいだろうから2人目からでいいわ。なんならわたくしがお相手を紹介するわよ」
「いや…王太子妃殿下にお相手を紹介していただくのは恐れ多いので結構です…」
あらそう?と楽しそうに微笑むフローリア様。
わたし嫁ぎたいって言ったんだけど、休暇制度ってことは、休暇が明けたら戻ってくるってことだよね?
しかも乳母って言った?乳母ってことは子ども産んだ後は職場復帰するってことだよね?
適当なところでいい人見つけて結婚して辞めるっていうわたしの未来予想図とは違う気がするんだけど…。
あれ?わたし詰んでない?
女子が生徒会役員になるのは珍しいことで、マーガレットの代もマーガレット以外は全員男性です。そういう乙女ゲームが始まりそうな舞台で、なにも始まらない話でした。
面白いと思っていただけたら、ぜひ評価よろしくお願いします。