レンタル勇者と冒険者
「冒険者に……俺はなるッ!」
そう言って村を出た、俺の適性は『剣士』であった。
ギルドで冒険者登録をして、コツコツと地味な依頼を地道にこなしつつ、鍛錬に明け暮れて早二年。真っ先に斬りこんでいくタイプの俺は、自分と近いレベルの治癒士と魔術師という頼りになる仲間もでき、パーティーはようやくDクラスまで昇格した。
もうすぐステータスのレベルも40に届く……この討伐依頼をクリアすれば、晴れてCクラス冒険者だ。
しかし──
「くっ!」
「大丈夫ですか?!」
「俺はいい! 魔術師の回復をして、ふたりで逃げろ!」
「「ええっ?!」」
最早、それどころではない。
絶賛大ピンチ。
今回の依頼『ヘルジャッカルの討伐』。
最初こそ順調と思われたのだが、討伐依頼の資料から想定していたよりも群れの規模が遥かに大きかったのだ。
もうすぐCクラスという自負もあり、俺達は奮闘した。だが『これはDクラス難易度ではない気がする』──と危機感を抱いてからは、殿を務める俺に、魔術師が作る防御壁の中で治癒士がサポートを行いながらの撤退戦に変更。
それでも尚、俺達は苦戦を強いられていた。
連携は取れており、魔術師が補助攻撃もしてくれてはいるものの、蹴散らすには攻撃力が薄い。なのに、
「馬鹿言え!!」
「そんな非人道的な真似できますか!」
折角カッコつけたがふたりは聞いてくれない。全く素敵な仲間達だ。
「うるさい! このままだと保たない!!」
──そうはいっても、現状はコレ。
逃げるタイミングとチャンスがあるうちにさっさと逃げないと、三人共死ぬ。
「馬鹿共め……!」
結局追い詰められた。
既に囲まれており、逃げ道はない。
(くそ……! 俺の判断がもう少し早ければ……!!)
よもやこれまで──
そう思った時だった。
「そ、そうだ! コレを!!」
魔術師がなにかの紙を広げた瞬間。
──カッ!
激しい閃光に辺りが包まれた。
白く光る中から、人の影がひとつ。
「どーもー!」
閃光と共に現れた男がとぼけた挨拶をするや否や、四方八方で今まさにこちらに襲いかからんとしていた無数のヘルジャッカルが、断末魔を響かせる余裕すらなくバタバタと倒れていく。
(つ、強い……!)
そして凄まじく速い。
その動きの全てを追うことは俺にはできなかったが、辛うじて見えた部分だけでわかる。
稲妻が如き速さと攻撃力を以て、まさに一瞬にして全てのヘルジャッカルを屠ったのだ。
彼はスチャッと剣を鞘に収め、振り返って言った。
「まいど~。 『レンタル勇者』ですー」
──テッテレー♪
その時、丁度俺達のレベルが上がった。
「あ、ごめんね~。 もうちょい時間掛けた方がレベル上げに貢献できたのに、つい」
てへぺろ☆みたいな顔をする『レンタル勇者』氏。
曰く、『レンタル勇者協会』から来たらしい。
「そこの魔術師さんにスクロールで呼び出されました。 あ、お時給分は一緒にいるんで。 質問あるならどうぞ~」
「あ……あれスクロールだったんだ……」
「どういうことォ?!」
今回の討伐前、ギルドのお姉さんから『もしもの時だけ使ってください』と紙を渡されたらしい。
今回の依頼であるヘルジャッカルだが、奴等はどうやら二隊に分かれていたようだ。その不確かな情報がギルドに届いたのは、既に依頼の受理手続きを終えた俺達が討伐へ赴く直前。
ギルドとしては、折角育ってきた自分のところの若手をむざむざ死なせたくはないが、かと言って事実かもわからない情報で止めるのも、互いの面子があるため憚られる。
そこで『レンタル勇者協会』に依頼し、もしもの時用に派遣用紙を持たせたのだそう。
「このくらいの依頼だと通常、『レベル上げ中の新人勇者』が派遣されるんだけど、生憎出払っててさ~」
来てくれたこの『勇者』氏は、『伝説の勇者』らしい。戦い方を見ただけに納得だが、恐る恐る鑑定をお願いしてみたところ、快く受けてくれた。
そのレベル999。凄ェ。
俺は更に、握手とサインをお願いした。
やっぱり快く受けてくれた。
「ギルド、支払い大丈夫かな……」
「今回俺は代理なんで、ちゃんと『レベル上げ中の新人勇者』のお値段だから~。 むしろ君達のレベル上げの機会奪っちゃってごめんね~。 はい、お詫びに特別ご優待券」
『レンタル伝説の勇者』氏は、俺達に一枚ずつ『レンタル勇者協会』の『特別ご優待券』と派遣メンバーと価格が記載されている小冊子をくれた。
「かなり割引はされてるけど、指定により相応のお値段だから。 価格と指定はちゃんと確認してね~」
『レンタル勇者協会』では、他にも『レンタル剣聖』や『レンタル賢者』『レンタル聖女』などの伝説級人員が派遣できるらしい。
勇者がメインなだけに、勇者だけは色々種類がある。……まあ、『勇者』ってそれだけで凄いもんなぁ。
「ん?」
その中で唯一、異質な人材を発見。俺が尋ねるより先に、少し聞きづらそうに魔術師が尋ねた。
「あの……この『レンタル幼馴染み』っていうのは……」
「ああそれぇ? それは『冒険者になって旅立つ少年への餞』として作られたやつで、1回しか使えないの。 可愛い『レンタル幼馴染み』が涙を堪えて別れを惜しみつつ、今後の活躍を祈ってくれるよ~」
「へ……へぇ……」
ドン引きだ。
なんでイキナリ世俗的なんだ、と思った俺の横で、魔術師が小冊子を握り締めながら『男の浪漫……!』と呟いたような気がしたが、聞かなかったことにした。
「またのご利用、お待ちし~ていま~す~♪」と朗らかに言い残し、『レンタル伝説の勇者』はどこかへ帰って行く。
定時にキッチリ上がるのが、彼のポリシーらしい。
俺達は無事生還し、無事Cクラスに昇格した。
それから三年、俺達はそれからも地道な努力と鍛錬を重ね、今日ようやくAクラスパーティーにまで成り上がった。
紛うことなき実力である。
「「「乾杯!」」」
今夜はいつもの酒屋でAクラス昇格祝いだ。
「ようお前ら、ついにAクラスか! 俺からも一杯奢らせてくれよ!」
「じゃあアタシはツマミを!」
「お姉さ~ん、このテーブルにボトルね!」
「お店からのサービスで~す♪」
ささやかなつもりだったが、俺達の努力を見ていた周囲の冒険者達や皆が盛り上げてくれ、なんだか華やかな場になった。
──俺は『レンタル勇者協会・特別ご優待券』を使う気はなかったが、ふたりは割と早くに使った。
使うんだろうな~と思っていたので然して驚きはしなかったけど、魔術師は『レンタル幼馴染み』を召喚していた。
まあ……パーティーの金じゃなくて個人で出してるし……特に言うことはない。1回限りだし。
それよりも治癒士。
長時間拘束されたダンジョンミッション時、魔力よりも先にメンタルに限界がきたらしく『私にも癒しが欲しい!』と叫び宣いながら『レンタル癒しの勇者』を召喚したところ……やってきたのはまだ10歳くらいの美少年勇者。
ショタだがやはり勇者なだけに滅法強く、派遣時間内に俺達は何度も彼に救われた。
ただ──
『お姉ちゃんは休んでて!(キリッ)』
『お姉ちゃんはボクの活躍をみてればいいの!(プンプン)』
『これが終わったらナデナデしてくれる?(うるうる)』
という、美ショタのあざとい営業にすっかり骨抜きにされてしまい、何度も身銭を切って呼び出している。
「お陰でレベルが上がるのが早かったよ」
「ふふ、あわや解散の危機に陥ったけどな」
パーティーの金と俺の『特別ご優待券』に手を付けようとした時は流石にキレた。
その際に語ったのは、俺がひたすら鍛錬に精を出し、装備の強化も滅多にせずに自分の金を貯めている理由。
再び『レンタル伝説の勇者』を……それに見合った自分と場所で呼び出す為だ。
できれば、このパーティーで。
俺の言葉に思うところがあったらしく、治癒士は「私も頑張るから!」と凄まじく努力をしてくれた。努力ついでに自分ひとりで稼いだ金で、やっぱり『レンタル癒しの勇者』は呼び出していたけれど。
「あの時はごめんなさい……」
「謝るなよ、酒の席の笑い話だ。 自分へのご褒美に文句をつける程野暮じゃないさ」
「しかもレベル上げの為にパーティー時に呼び出してくれていたあたり、むしろ感謝しなければならない案件……」
「うふふ、じゃあこれからも推し活頑張るわね!」
──「冒険者に……俺はなるッ!」
そう言って村を出た俺だが、きっとあの日のことがなければ、ここまでの努力はできていなかったに違いない。
俺達が今こうしているのは、『レンタル勇者協会』のおかげだ。
ありがとう、『レンタル勇者協会』……
ありがとう、『レンタル伝説の勇者』……!
──それから数年後。
いよいよSクラスとなった俺達。魔王を倒す為に『レンタル伝説の勇者』を呼び出すのだが。
そこに立ちはだかったのが『レンタル闇堕ちした勇者』で、戦局は拮抗。
そのまま定時を迎えて二人共「お疲れ様で~す☆」と朗らかに帰ってしまい、なんかグダグダになったまま魔王とお茶して帰ることになろうとは──
この時の俺は想像もしなかったのである。
【オマケ:レンタル幼馴染みと魔術師】
「昨日はお楽しみでしたね♡」
宿屋のオッサンの台詞に、俺は凍りついた。
横にはツヤッツヤの顔をした魔術師。
「おい……まさか延長したのか?」
そもそもそんな過度なサービスしてくれるとか……大丈夫なのか?
俺は魔術師の懐具合が不安だった。
借金は、場合により地位を剥奪される可能性があるのだ。
「ふふ……金は出してないよ。 『業務外』らしい……」
「え、マジで?」
「いや~、『一度きりだもの、貴方の思い出に残りたいの♡』って縋られちゃってさぁ……」
「ほほう……」
嬉しそうだったし、台詞からももう会うことはなさそうだったので「良かったな」と流したけれど、俺は訝しんだ。
なにしろ魔術師は、お世辞にもモテるタイプではない。いつも猫背で、長い前髪で顔を隠し、初めての女性を目の前にするとオドオドしてしまう。治癒士やギルドのお姉さんと定型文的な会話をできるようになるまで、三ヶ月かかった。
その後、治癒士によって頻繁に呼び出され、それなりに仲良くなった『レンタル癒しの勇者』氏に、こっそりそのことを尋ねてみた。
幸い「悪夢が酷くて寝れな~い」などと吐かした治癒士のお陰で野営時。治癒士は勇者氏にヨシヨシされたらすぐ寝たし、魔術師も休ませたのでふたりきり。
『レンタル癒しの勇者』氏は、眉毛をへにょりと下げたあざとい困り顔で「ああ~」と漏らし、「絶対ナイショだよ☆」と可愛く言う。
相手は俺だというのに、相変わらずの素晴らしい仕事意識だ。見習いたい。
「『レンタル幼馴染み』はねぇ……『レンタル伝説の賢者』の変化した姿なんだよね」
なんでも賢者様は元々は闇堕ちした神官だそう。俗世で色々経験した挙句に伝説の賢者となったらしい。
普段は清廉だが、闇堕ちした過去がそうさせるのか男性の初モノが大好きで、『レンタル幼馴染み』で『これは』という相手がいると粉をかけるのだとか。
「一応規約に『そういうサービスはないよ』って書いてあるから……まあ自己責任? でも可哀想だから言わないでね☆」
「……」
言えんわ。
口が裂けても言えん。
魔術師に目を向けると、「うふ、うふふふふ……」と笑いながら眠っている。幸せな夢を見ているようだ。
もしかしたら『レンタル幼馴染み』との夜の夢かもしれない。
俺は墓場まで、この事実を持っていくと決めた。
「なんだかお酒が苦いや……」
悲しげな笑顔で美ショタが酒を煽る。
年齢が気になったが、聞かないでおいた。
もう俺の墓に余計なモノは持ち込みたくないので。