表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大坂の陣で豊臣軍と戦う宮本武蔵  作者: カイザーソゼ
8話 惣掘埋め立て
91/145

8-5

 二人は表御殿の大広間に幹部メンバーを集めた。

 有楽斎は現在の苦境を説明して賛成を求めた。


 名前こそ和睦だが、実際には降伏である。敗北した豊臣家は幕府の一大名に転落する。

 正しくは一六〇九年に転落していたのだが、人々はその事実から目を背け続けてこの戦いを起こした。


 現実を受け入れる時が来た。感情的に重たい決断だったが、死にたくないという気持ちが上回った。

 多くのメンバーが和睦案に賛成した。

 しかし牢人グループと大野グループの一部は反対した。


 大野グループの内、大野治長の弟、大野治房と治胤兄弟が反対に回った。

 牢人グループの内、長宗我部盛親、毛利勝永、戦国秀範が反対に回った。


 織田頼長はかつて側近グループのリーダーだった。しかし父有楽斎が融和路線を進めた事でグループ内で居場所がなくなった。

 頼長はすっかりふて腐れた。この会議にも病気を理由に参加しなかった。


 大野は後藤の意見を求めた。


「反対の方々は『内通した諸大名が援軍に来れば勝てる』と仰るが、絶対に来ません。弾薬、兵糧も後一か月で切れます。

 私達は謀反人として全員首を切られてもおかしくありません。それなのに城を出れば全て許すと大御所は仰った。何故これで和議を受け入れないのか。私には理解出来ません」


 大野は幸村の意見を求めた。


「籠城の第一は人の和。次が援軍。次が兵糧弾薬。我々には何もありません。

 全員の心を一つにしないと勝てないのに、皆の心はバラバラ。謀反の機運も高まっています。このまま籠っていれば反乱が起きて内側から崩れます。

 謀反の一例を挙げます。

 織田頼長様は配下に射撃を禁じています。先日などは誤って発砲した者を処刑して首を晒しました。何もしないものだから、対面の藤堂隊は顔が見える距離まで迫っています。

 先日の大砲撃では子供まで(壊れた土塀の代わりに)石を積み上げていたのに、頼長様は奥に籠っていらっしゃった。砲弾を恐れて隠れていたと聞いています。また女性と酒を飲んで遊んでいたとも承っています。

 頼長様は有楽斎様の嫡男であり、上様の御親戚に当たる方です。率先して周囲をまとめるべき立場の人が、率先して豊臣家を裏切っている。

 すぐに更迭して別人を起用するべきなのに、本丸衆(首脳部)はそのままにしています。有楽斎様まで寝返ったのではないかと城兵は疑っています。

 これでは勝てません」


 城内では二人の発言力が圧倒的だった。反対派は黙った。

 有楽斎は決を採った。


「素晴らしい意見だった。我々も反省する事しきりである。

 源頼朝は洞窟に逃げ込んだが最後には平家を討った。越王は臥薪嘗胆して大望を果たした。勇者とは耐えて生きる者。死んで楽になりたがる者の事を言うのではない。

 私はこの戦争を始めた人間の一人として、最も苦しい道を歩みたい。和睦を受け入れよう。

 異議はあるか?」


 全員「異議なし」と声を揃えた。


 ようやく終わりが見えてきた。残りは秀頼。そして和睦条件である。


 しかし和睦では同意見だった後藤と幸村も条件では対立した。

 後藤は幕府の要求を飲んで牢人を解雇すべきと考えた。幸村は牢人の気持ちを汲んで彼らの正式雇用を求めた。両者の対立はまとまったかに見えた城内を再び分断した。


 戦争は始めるより終わらせる方が難しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ