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大坂の陣で豊臣軍と戦う宮本武蔵  作者: カイザーソゼ
8話 惣掘埋め立て
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8-2

 家康の本陣は現在の通天閣の近くの茶臼山にあった。

 山の頂上に風呂付きの屋敷が建っていた。麓には家臣の宿舎があった。

 家康と幕僚グループは頂上の屋敷で対応策を話し合った。


 幕府と豊臣家首脳部は既に和睦で大筋合意していた。その条件だけが問題だった。

 幕府は淀の人質、豊臣秀頼の転封、牢人衆の処分を求めていた。


 参謀長ポジションの本多正純は大野の返答を説明した。


「大野は御台(淀)の人質案は了解しましたが、牢人の処分は拒否してきました。『どうか寛大な処置を与えて欲しい』との事です。

 転封に関しては具体的な候補地を照会してきました。『望みの国は許されるのか。無理ならどこに飛ばす気なのか具体名を挙げて欲しい』だそうです」


 軍政担当の以心崇伝は補足した。


「城内は常識的な譜代二万と強気の牢人衆六万に分かれています。牢人衆にそれなりの配慮を示さなければ城内で反乱が起きかねません。

 また懲罰的な転封は相手の態度を硬化させます。まずは和議成立が第一。相手が受け入れやすい条件を提示すべきかと思われます」


 家康は正純の意見を求めた。


「牢人衆は城から出れば罪に問わない。譲歩出来るのはここまでです。後は向こうにやらせましょう。

 おむつ履いてるガキじゃないんだから。自分のケツは自分に拭かせないと。汚いケツをこっちに向けられても困る」


 家康は幕僚の意見を求めた。

 交渉を加速させるために歩み寄りが必要だ、という意見が大半を占めた。また移転先は関西一帯で、現在の六十万石と同等の所領が望ましい、という穏健な案にまとまった。


 家康は崇伝の意見を求めた。


「特に申し上げる事はございません。

 交渉中も休まず攻め続ける事が肝要です。相手を弱めるほどこちらの条件が通りやすくなります」


 家康は決断した。


「うん。それでいいな。後は将軍家と話し合おう」


 十日、幕府は三条件を大野に提案した。

 一つ。牢人衆を赦免する。その代わり豊臣家の責任で牢人衆を城外に退去させる。

 二つ。淀を人質に取る。もしくは大阪城の堀を埋め立てる。

 三つ。秀頼を大和+伊賀か、伊勢+伊賀に転封させる。


 一は幕府にとって譲れない条件だった。牢人衆を城に置いておけば数の力で豊臣家は乗っ取られてしまう。


 二は交換条件のような形になっている。

 以前、淀の人質案を巡って大阪城内は武力衝突寸前まで行った事があった。今回も途中で話が壊れるかもしれない。その場合はこちらを選べ、という事だ。


 当時、降伏の証として自らの手で城を破壊する行為が行われていた。しかしこの破壊は形式的なものだった。正門を取り外したり、城のメンテナンス放棄を宣言すれば(城は手入れしないと石垣が崩れたり、草木が生い茂ったりして自然に戻る)、「跡形もなく城を壊した」と認定された。実際に破壊するケースは多くない。


 幕府は象徴的な破壊ではなく、実際に破壊する事を求めた。これは軍事的な意味ではなく、目に見える形で上下関係をはっきりさせるという政治的な意味合いが強かった。


 三の転封も同じような意図で提案された。

 条件は前者が五十五万石程度。後者は六十五万石程度になる。

 現在の領地は六十万石程度。幕府は調整を入れて同等地にする予定だった。


 まとめると、豊臣家は大阪城を失って別の土地に飛ばされる。牢人衆も自分で追い出さないといけないし、淀も人質に出さないといけない。

 新領地は近場で、収入はほぼ同じ。秀頼や家臣、牢人には本来なら内乱罪が適用されるが、今回は罪に問わない。


 大野は即時講和を目指していた。時間が経つほど豊臣軍は劣勢になる。今講和しないと条件は悪くなる一方だった。

 大野は幕府の提案を聞いて「悪くない話だ」と思った。二度と住めない城の堀を埋めて幕府の機嫌を取れるなら、幾らでも埋めてやるつもりにもなった。


 秀頼は転封だけは徹底的に拒否した。

 秀頼は二十一年の人生の中で大阪城から出た事が一度しかない。牛を見て逃げ出したとか、サザエが木に実ると思っていたという話もある。

 秀頼は外界と隔絶した自分だけの楽園で生きてきた。彼にとって大阪城はこの世界の全てだった。


 この十日に幕府軍は惣構え内に矢文を打ち込んで降伏を促した。


 ―「お前達は幕府に歯向かった謀反人だ。必ず殺す。城から逃げても探し出す。一族も皆殺しにする。しかし今降参すれば罪を許そう」


 幕府は実際に奈良方面に住む牢人衆の親族を何人も逮捕して圧力をかけた。

 城内の士気は低下した。


 前田利常隊は真田丸の南に展開していた。

 塹壕工事は順調に進んでいた。砦までの距離は五十メートル。大声を出せば敵兵士と会話出来るほど接近した。

 真田丸の東に篠山という小さな山があった。前田隊は篠山の頂上に砲台を設置。ここから真田丸に向かって大砲を連日発射した。南の塹壕からも打った。

 真田丸は地面も建物も穴だらけになった。今乗り込めば勝てる。しかし前田隊は慎重に塹壕を掘り進めた。


 家康は正純に真田幸村の寝返り工作を指示した。実務は弟の本多政重と幸村の叔父、真田信伊が担当した。


 政重は前田藩の筆頭家老だった。彼は弾薬箱を机にして、幸村宛に書状を書いた。


 ―「勝負は着いた。徳川に降れ。俺の命に賭けてお前の安全は保証する。交渉役として真田隠岐守(叔父で幕府旗本の信伊)を近々送る」


 政重は書き終わった書状を矢に結び付けると、強弓を引き絞って五十メートル先の真田丸に打ち込んだ。

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