5-11
秀頼と七手組は夜更けまで協議を続けた。秀頼は現実的な七手組に詰められて交渉継続を約束させられた。
翌二十四日から秀頼と片桐は速水を通じて交渉を重ねた。
片桐家の不信感は根強かった。家臣の一部は「大阪城を占拠して大野を殺すべきだ」と直訴したが、片桐は同意しなかった。
片桐は秀頼の直接訪問を要求した。
二十五日、秀頼は片桐に書状を送り、「会えないので不安だ。連絡を密にしたい」、「片桐の事は大事に思っている」、「本当は直接屋敷に行って話したい。しかし今は時機が悪いので申し訳ない」と断った。
片桐の弟で重臣の一人、片桐貞隆にも同様の書状を送った。
片桐は慎重に立ち回った。自分に何かあれば豊臣家が潰れる事をよく分かっていた。
調停は片桐優位で進んだ。
二十五日夜、秀頼の側近グループは大野治長の屋敷に集まった。
大野は出席者から糾弾された。
「どうなってんですか!?片桐生きてんじゃん!死んでないじゃん!」
「あんたの指示に従ったらこのザマだ!よくもまあ偉そうに指図してくれたな!」
「だから俺はあの時(二十三日夜の同時撤収)引くなって言ったんだ!」
頼長は側近グループを宥めた。
「確かに二日前は失敗したよ。でもこれで終わりじゃないだろう?お前達、まさかこれで止めるつもりか?ん?」
側近グループは「違う」、「まだやる」と口々に言った。
「そうだろ。じゃあもう一回だ」
側近グループはようやく収まった。
頼長は大野の意思を確認した。
「俺達は片桐を殺すまで何度もやりますよ。修理殿はどうですか?」
大野は「もちろん」と同意した。側近グループは盛り上がった。
大野は指示を出した。
「前回は『武装して屋敷に籠った謀反人を成敗する』という名目があった。武装解除した今、こちらから攻め込む事は出来ない。
でも片桐はな、形は降参したように見えるが、心の中にはまだ反逆心を隠し持っているんだ。上様はお優しい方だから騙されている。俺達は謀反人から主を守るため、兵を率いて本丸に乗り込むぞ」
側近グループは「応!」と叫んだ。
二十六日朝、大野は部隊を率いて大阪城本丸を占拠した。有楽斎も屋敷に再び兵を入れて片桐家を圧迫した。
本丸に「大」と書かれた大野家の白い旗が、有楽斎の屋敷に永楽通宝を描いた織田家の黄色い旗が翻った。
片桐家も屋敷に家臣を集めて再武装した。
大野グループ、側近グループ、有楽斎グループは片桐一族の即時処刑を秀頼に求めた。
重臣グループは対話継続を秀頼に求めた。秀頼は何も決められなかった。
三グループと重臣グループの間で激しいやり取りが続いた。
淀は釈明の書状と血判付きの誓紙を片桐に送った。
「全て誤解だ」、「直接会って話がしたい」、「どうか城に来て欲しい」といった内容である。
一方、秀頼の側近は片桐の屋敷に駆け込み、城の部隊が屋敷を攻めると通報した。
片桐はおかしくなりそうだった。
昨日までは上手く行きそうだったのに、今朝起きたら殺されかかっている。淀は「信じて欲しい」と血書を送ってきたが、秀頼の側近は「今にも兵が乗り込んでくる」という。
片桐は二十四日からの交渉自体が「自分を油断させて討ち取る秀頼母子の陰謀」だったと思うようになった。
島津家への使者が途中で呼び戻された形跡はない。事件が起きても開戦という大枠は維持されたままだった。問題は片桐を殺して開戦するか、今は生かした上で開戦するかだった。
「交渉は軍事衝突を避けたいだけのでまかせ」、「今は助かっても後で殺される」という片桐の判断は決して的外れではなかった。
ただ片桐は秀頼を憎む余り、淀も陰謀に加担していると誤断した。彼は秀頼母子に強い敵意を向けた。




