5-8
城の本丸は北と南に分かれる。
北部に奥御殿があった。ここは総理大臣公邸で、秀頼と家族が住んでいた。
南部に表御殿があった。こちらは首相官邸で、政務や会議はここで行われた。
奥御殿は男子禁制の大奥と、来客に対応する広間や対面所に分かれる。秀頼は大奥にいた。
浅井は淀の側近の饗庭局に頼んで秀頼を呼んできてもらった。
饗庭局も浅井一族の人間だった。浅井としては気軽に物を頼める相手だった。
秀頼と浅井、饗庭局は奥御殿の広間で面会した。
浅井は人払いを頼んだ。
「ここからは二人だけで話したいので、申し訳ありませんが」
饗庭局は頭を下げて退室した。
秀頼は尋ねた。
「で、何があった?」
「何者かが登城してきた片桐市正を騙し討ちにするという噂が流れています。市正はそれで屋敷に立てこもりました」
秀頼は大声で否定した。
「神に誓って言う!俺は知らない!」
浅井は驚いた。秀頼は尋ねた。
「どうしたらいいと思う?」
「市正は誠意の証として人質を差し出すと言っています。こちらからも何らかの誠意を見せるべきではないでしょうか。
かつて織田信長は重臣(一五五六年の稲生の戦いで信長と戦った林秀貞)に謀反された際、城に一人で乗り込んで談判したそうです。
上様も市正の屋敷に乗り込んで話をしてみては?」
秀頼はしばらく考えた。
「……いや駄目だ。何が起こるか分からないだろ?
これからどうしたらいいんだ」
「では御誓文を交わされては?」
「ああ、そうか。そうだな……」
大奥から秀頼の二人の乳母がやってきた。
一人が淀からの伝言を伝えた。
「御袋様は大変心配しておられます。直ちに奥に入られるようにとの事です」
広間の襖を開けると一本道の畳の廊下が現れる。この廊下の先に大奥があった。閉ざされた扉の前に門番役の家臣が数人座っていた。
四人は広間を出て畳の廊下を歩いた。
廊下の窓から片桐の屋敷が見えた。戦闘に備えて多くの家臣が屋敷に入っていくのが見えた。
秀頼は青ざめた。浅井は申し出た。
「時間がありません。ここで書きましょう」
秀頼は同意した。
秀頼は書記道具を持って来させて廊下で誓紙を書いた。文面は二人で考えた。
「暗殺は嘘だ。神に誓っていい。だから何も心配しないで城に来て欲しい」といった内容の誓紙が出来上がった。
浅井は「これを片桐家に持っていくように」と家臣の一人に指示した。家臣は急いで廊下を出た。
一行は片桐からの返事を廊下で待ち続けた。その間に大奥からまた使者が来た。
「御袋様が大変心配しております。危ないから中に入って欲しい、との事です」
秀頼は「今行く」と断った。
数分後、また淀からの使者が来て、「お前の身に何かあったら大変だから奥に来なさい」と言ってきた。秀頼は「すぐ行く」と断った。
浅井はさすがに苦言を呈した。
「はっきりとお断りを」
淀の使者がまたやってきた。秀頼は大声で怒鳴った。
「女が出しゃばるな!二度と来るなよ!」
使者は慌てて大奥に戻った。




