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2-7

 家康は駿河府中に住んでいた。


 人口十万。京都、大阪、江戸に続く日本で四番目に大きい街である。最終的な決定権は家康にあるため、実質的な首都として機能していた。


 幕府内には駿府の家康政権と江戸の秀忠政権があった。家康は権限を徐々に秀忠政権に移譲して世代交代を図っていた。


 駿府城下に本多正純の屋敷があった。正純は家康政権の官房長官ポジションを務めていた。

 一六一二年二月、ある男が正純の屋敷を訪ねた。


 島原藩主の有馬晴信。ポルトガル艦撃沈事件の当事者である。

 かつて有馬家は長崎県の大半を支配していた。しかし戦国時代に近隣諸国に領土を奪われてしまった。旧領回復は有馬家の悲願だった。


 正純と有馬は座敷で向かい合って座った。

 正純は話しかけた。


「本日の要件は何でしょう?」


 有馬は問い詰めた。


「急に押しかけて申し訳ございません。しかし岡本殿と突然連絡が取れなくなって、こうするしかなかった。

 例の件、どうなってるんです?」


「例の件とは?」


「とぼけないでください!」


「いや本当に分からない。順序だって説明してください」


 有馬はうろたえた。

 正純は落ち着かせた。


「慌てないでゆっくり喋ってください。俺は逃げません。

 岡本が絡んでいるんですか?」


 有馬は深呼吸して気持ちを落ち着けた後、偽造された家康の空手形を見せた。将来の旧領回復を約束する内容だった。


「岡本からもらいました。

 本多殿にはただの紙にしか見えないでしょう。でも俺はこの紙を六千両(現在価値で六億円)で買ったんです。これは有馬家五十年の悲願なんです。

 どうか約束を履行していただきたい」


「俺も大御所も全く知りません。騙されましたね」


「……奴は今どこにいますか?」


「屋敷にいます。ここに呼んできましょう」


 有馬は岡本の還付金詐欺に引っかかった。背景には複雑な事情があった。


 当時の海外貿易の主要品目は中国産の絹だった。中国側も日本の銀を求めていた。

 しかし中国はポルトガルには貿易の許可を与えたが、日本には与えなかった。ポルトガルは日中両国を仲介して大きな利益を上げていた。

 有馬はイエズス会の口利きでポルトガルの日本窓口になっていた。土地はないが金はあった。


 ある時、有馬家の貿易船はポルトガル領マカオで商売上のトラブルから現地政府と武力衝突を起こした。マカオ守備隊は貿易船の船員数十人を殺害した。

 有馬はポルトガルに復讐を誓った。


 マカオ総督は船員殺害事件の釈明のために長崎を訪れた。

 長谷川は穏便に事を済ませようと協力を申し出たが、ポルトガルは長谷川に以前から不信感を持っており、申し出を拒否した。

 怒った長谷川は方針転換して有馬を焚きつけた。有馬は幕府に仇討ちを願い出た。


 幕府は以前から貿易政策と宗教政策の転換の準備を進めていた。

 貿易と宗教は不可分の関係だった。絹が欲しければポルトガルの布教を認めないといけない。しかしオランダ、イギリスは布教に興味がなかった。

 幕府はポルトガルの最恵国待遇を取り消して、キリスト教の布教を禁止しようとした。有馬が仇討ちを願い出たのはそんな時だった。

 幕府はポルトガルと断交しても貿易が回るように取り計らった上で仇討ちを許可した。


 有馬は総督が乗る軍艦を沈めた。しかし幕府は有馬家の私的な仇討ちに褒美を出さなかった。

 密かに旧領回復を夢見ていた有馬は落胆した。


 撃沈事件後、長谷川はイエズス会と対立するドミニコ会に接近して有馬家の貿易利権を奪う動きを見せた。

 有馬は長谷川を憎んだ。言った通り兵を出したのに褒美は出ない。その上こちらの利権にも手を突っ込んでくる。有馬は殺意さえ抱いた。


 怒りで判断力が低下した有馬に岡本が接近した。

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