11-13
七日の夕方に大野治房一行は城を脱出した。
メンバーは治房。家臣数人。駕籠に乗った秀頼の七才の息子、国松。国松の乳母とその夫。
国松は肌は白く、血色も良かった。城の中で宝石のように大切に育てられてきた。
一行はとりあえず乳母夫妻の家がある京都伏見を目指す事になった。
京都には秀吉の第一夫人、高台院が住んでいた。彼女の支援を当てにして多くの武将が京都を目指していた。
一行は街道を避けて脇道を進んだ。夜は野山で寝た。
昼間道を歩いていると多くの旅人とすれ違った。彼らの世間話から現状は大体把握出来た。
大阪城は落ちた。
秀頼母子は自害した。
幕府は逃げた連中を血眼になって探している。
秀頼の娘が捕まった……
夜、伏見南方の宇治の森に入った所で家臣の感情が爆発した。
家臣は治房に詰め寄った。
「昨日皆で話し合ったんですがもう無理です!辞めさせてください!」
「若様の事は誰にも言いません!お願いします!」
治房は諦めていなかった。
「今だけの辛抱だ。高台院様の所でしばらく休んでから鹿児島に渡るぞ。島津の力があれば」
「ふざけんな!そんな所行かねえぞ!」
「大阪に帰らせてください!」
治房は大声で罵った。
「お前らの家族なんてとっくに全員殺されてるわ!もう鹿児島に行くしかないんだよ!絶対逃がさないからな!」
治房達は激しく言い合った。
国松は耳を塞いで喧嘩が終わるのを待った。乳母は震える国松を抱き締めた。
乳母の夫は「皆様、小さな子供の前ですので……」と頼んだ。治房達はようやく口論を止めた。
治房は夫妻に水を汲んでくるように言った。
「喉を使いすぎた。水が欲しい」
乳母は「しばらくお待ちください。新鮮なお水を取ってまいります」と国松に言った。国松は小さく頷いた。
乳母と夫はその場を離れた。
大野は気を抜いてあくびをした。
家臣は抜刀して背後から切りかかった。大野はうつ伏せに倒れた。
家臣は大野を全員で取り囲み、「疫病神!」、「お前のせいだよお前の!」と刀で刺したり蹴ったりした。
一行は動かなくなった大野の懐を探した。
「こいつ、滅茶苦金茶持ってんぞ!」
「全部取れ、全部!」
血まみれの家臣が国松の所にやってきた。
「ガキ!お前も持ってるだろ!全部出せ!」
乳母と夫が戻ってきた。
誰もいなかった。大きな血だまりと駕籠だけが残っていた。