11-10
浅井一政は大阪城に戻った。
大阪城にいた秀頼本隊一万は脱走が相次ぎ、戦う事なく蒸発した。
城内は静まり返っていた。
浅井は本丸南部にある表御殿の座敷で秀頼と面会した。側にいるのは大野治長と小姓一人だけだった。
浅井は戦場の様子を報告した。
「敵が全面攻勢に入る前にお味方総崩れの様相です。すぐにここまで乗り込んでくるしょう。
ご自害はどうされますか?」
秀頼は答えた。
「天守閣に死に場所を用意しろ」
落城の際、城の主だった面々は天守閣で死ぬ。最後に残った一人は天守閣に火を点けて死体を燃やす。そういう慣習が当時あった。
浅井は本丸北東の天守閣一階に移動した。
一階は板敷の広い広間だった。浅井は一番奥まった場所に畳を二枚重ねて敷き、その上に火薬箱を置いた。
この一段高い場所が秀頼専用の腹切り場だった。
秀頼と大野は本丸北部の奥御殿に移動した。
秀頼、大野、淀は広間で面会した。大野は提案した。
「若御台(秀頼の妻で秀忠の娘、千姫)を将軍家に送り返して和睦を申し込みたいと思います。どうでしょうか?」
秀頼は大声で断った。
「今更!徳川に頭を下げるなら死んだ方がましだ!俺は天守閣で死ぬぞ!」
浅井がやってきて「切腹の準備が完了した」と告げた。
秀頼は立ち上がった。淀は「短慮はいけません」と止めたが秀頼は聞かなかった。
秀頼と浅井は天守閣に向かった。
淀は涙ながらに大野に頼んだ。
「息子を止めてください。話せば必ず分かってくれます……」
「もちろんです。
もしもの場合に備えて、若様と姫様(秀頼の二人の隠し子)も城の外に出しましょう」
千姫の乗った駕籠が本丸の門から二の丸に出てきた。
護衛として牢人部隊数十人と、結婚の際に徳川家からやってきた侍女と家臣百人が尽き従った。彼らは攻撃されないように徳川家の旗を掲げていた。
牢人部隊の指揮官は堀内氏久。和歌山の元大名の息子で、幕府軍の一指揮官と面識があった。
千姫は駕籠の中から心配そうに堀内に尋ねた。
「どこに行くんですか?」
「まずは知り合いの坂崎出羽守の陣に向かいます。あの方なら百万の兵が来ても必ず若御台を守り抜いてくれます。それから将軍家の本陣に」
「お強い方なのですね。負ける訳です」
「いやいや。これからですよ。上様と御袋様が生きてお城を出れば大勝利です」
忠直本隊は市内の西側を爆走して大阪城に接近した。
幸村隊は治房隊の敗残兵を糾合して最後の反撃を試みた。
忠直本隊と幸村隊は西の堀際で激突した。
井伊、藤堂隊は市内中心部を突っ切って幸村隊中央に突撃した。幸村隊中央は空堀の中に叩き落された。
西の忠直本隊も押し返した。東の前田隊も参戦した。幸村隊の東西も堀底に突き落とされて壊滅した。
井伊、藤堂隊に遅れて水野、松平隊がやってきた。
先頭を走る武蔵は血まみれの十字架付き兜を全力でぶん投げた。兜は空堀を飛び越えて城内に落ちた。
勝成は叫んだ。
「水野日向、大阪城一番乗り!」
午後三時、忠直本隊が西側の門から城内に突入した。次いで四隊が中央の門から、前田隊が東側の門から突入した。
六隊は城の建物に火を放った。表御殿にも火が燃え移った。