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三月十五日、豊臣家から和議に感謝する親善使節団が駿府城を訪れた。
家康以下政権閣僚は使節団と面会した。終始なごやかな雰囲気で面会は終了した。
使節団の一人、青木一重だけが大広間に残った。
青木は元々徳川家に仕えていたが、色々あって今は七手組の隊長の一人を務めていた。
青木は頭を下げて頼んだ。
「加増をお願いしたい。
干ばつと戦争で摂津(大阪府北部)、河内(大阪府南部)の百姓が逃げてしまい、経済的に困窮しております。家臣に与える扶持米(給料)も滞る状態です。どうかお助けください」
空気がひりついた。周囲は「お前は何を言っているんだ」という目で青木を睨んだ。青木はひたすら頭を下げ続けた。
崇伝は静かに怒った。
「金がないなら扶持米を五分の一に下げればよろしい。前右府の贅を尽くした一日三食の御膳料理を一日二食の麦飯にすればよい。上杉様や毛利様はそうされました。誇り高き御両家はこちらに援助を申し出るなど一度もなさらなかった。
自助努力を尽くして、それでも無理だから頼みます、というのならこちらも聞きます。少々甘えすぎでは?」
「蔵には最早一粒の米もなく……」
「こちらに入っている情報と大分違いますね。
一部家臣は前右府の蔵を開けて牢人衆一万を雇ったとか。その牢人衆は統制が付かなくなって大阪市中で放火、略奪を繰り返しているとも。
金は大野殿が管理している御用蔵にまだ沢山残っているでしょう?まずそれを先にお使いになっては如何ですか?」
家康は確認した。
「本音が聞きたい。つまりどうして欲しい?」
「牢人衆を追い出せません。もう召し抱えるしか対処の仕様がないと大野修理は思い至りました。戦争で荒廃していない豊かな一国をいただければ幸いです……」
正純は怒った。
「だからそれは無理ですよって前に断りましたよね?
先の戦いは豊臣家が勝ったと牢人衆は考えているようですね。勝者だから土地をもらって当たり前。下からの突き上げでそんなクッッッッッッソしょうもない話が正式な外交の場にまで上がってくる。
こちらには豊臣家が京都を攻めるという情報が入っています。真実とすれば非常に悪辣な陰謀です。表では助けてくださいと泣き付いて、裏では京都を火の海にしようと画策しているのですから」
青木はもう何も言えなかった。
家康は穏便に断った。
「この件は一旦持ち帰って将軍家と前向きに検討しよう。後日改めて返答したい」
尾張名古屋藩主の徳川義直と紀伊和歌山藩の浅野家の姫との結婚が迫っていた。家康は四月に結婚式に出るために名古屋に向かうので、そこで答えると約束して青木を下がらせた。