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三月初めには治房グループの工事は止まった。
惣構えの堀は腰が隠れる程度まで掘られた。
堀の後ろに土塀の骨組みになる小舞竹(格子状の竹の骨組み。ここに藁を混ぜた土を塗って土塀にする)が二重に張られた。
城本体の堀は胸が隠れる程度。ミニ天守閣の櫓の代わりに大型ジャングルジムの井楼が臨時に建てられた。
牢人の解雇は進まなかった。逆に地元から妻子を呼び寄せて市内に住むようになった。新たに仕官を望む牢人や、戦乱で家や土地を失った避難民も集まってきた。大阪市内の治安や物価は悪化した。
治房グループは天守閣一階で秀頼と面会した。
治房は追加資金の投入を要請した。
「徳川打倒の御用金が足りません。上様の金をしばらくの間お借りしたい」
秀頼は腕を組んで黙った。
治房は説得した。
「城の金はまだ沢山ありますが、兄が出そうとしないのです。
思い出してください。一年前、彼は徳川から加増を受けました。
彼が勝手に和睦したせいで勝利は奪われました。今も豊臣の力を抑え込もうとしています。一年前から内通していたに違いありません。
蔵を開いてください。本当の戦いを始めましょう!」
秀頼は大分悩んだ後に許可を出した。
「分かった。そうしろ」
治房グループは声を上げて喜んだ。
大阪城内に豊臣家の資金を管理する蔵があった。火縄銃を装備した大野隊が警備していた。隊長は「大」と書かれた大野家の白い旗を背中に差していた。
別の場所に秀頼の個人資産を管理する蔵があった。こちらは長十手(金属バットくらい長い十手)装備の豊臣家正規軍が警備していた。隊長は豊臣家の黄色い桐紋の旗を背中に差していた。
治房と牢人衆の幹部数人がやってきた。治房は隊長に書類と割符を見せて開けるように命じた。
隊長は蔵を開けた。
大量の千両箱が奥の壁が見えないぐらい積み上げられていた。治房達は歓声を上げた。
治房グループは秀頼マネーで軍備を整えた。
一万人規模で牢人を追加雇用した。大阪市内の商人から木材や兵糧、硝石を徴発した。拒否すると放火して金品を略奪した。
硝石はそのままでは使えない。城内の火薬製造所で硫黄と灰と混ぜて、臼杵で衝いて火薬を作った。
三月十二日、板倉は幕府に報告を送った。
―「治房は秀頼の蔵を開けて金銀を自由に使っています。その金で牢人衆を新たに一万二千人雇いました。これは治房隊だけで、全体の数は把握出来ていません。また市中から兵糧、木材を取り立てて、城内で火薬を製造しています。
約束した牢人の解雇は履行されていません。逆に仕官を望む牢人が各地から集まってきています。
大阪市内の治安は牢人の放火と略奪で悪化しています。京都でも連動して牢人が暴れています。方広寺再建工事の余った用材も盗まれました。
治長と治房は敵対しています。治長は『治房はクズだから秀頼のためにも排除しなければ』と息巻いています。
治房一味は治長の排除と再戦を画策しています……」