逃走開始_1
廊下の先の出口を出ると、数十人のフェリトナの部下が綺麗に隊列を組んで待機していた。
当然全員が吸血鬼だ。男女比は女が7で、男が3といったところか。
フェリトナが姿を現したとたんに全員がひざまずく。気づけば、後ろからついてきていたジェス以外の者も同じような姿勢をとっていた。
「フェリトナ様の目的は達成された!これより王宮へ帰還する!」
ジェスがそう宣言すると、直ちにすべての吸血鬼が行動を開始する。
「フェリトナ様、帰りの道中もお気を付けください。今回はできるだけ内密にということでしたので、部下の数も必要最低限しか連れてきておりません」
「心配しすぎよ。それよりも、お姉様たちには感づかれてないかしら?」
「はい。おそらく心配ないかと。ニカルガ様に、アルペトラ様、ティアマト様もあと数日間はご不在と伺っております」
「そう。なら問題ないわね。すぐに帰ってしまいましょ」
「では、間もなく出発いたしますので馬車にお乗りになって少々お待ちください」
そう言うとジェスは、何人かの部下に指示をおくりながらその場を後にしようとするが、それをフェリトナが引きとめる。
「待って、ジェス。この子の手枷の鍵を置いていってちょうだい」
「……わかりました」
少々の躊躇いを見せたジェスは、仕方ないとばかりに渋々フェリトナの要求を飲み、懐から出した鍵を手渡す。
「しかし、念のため私がいない所で外すのはお控え下さい」
「あら、どうして?」
「この者がフェリトナ様に危害を加える可能性があります」
少年は、ジェスの言葉に呆れ声を漏らしそうになる。この化け物相手に、一体どうやって危害を加えろというのか。
「ジェス……いつも言っているでしょう?そうやって思ってもいないこと言わないでって」
「しかし……」
ぐうの音も出ない様子のジェス。
「そんなに言うならいいわ。これでどうかしら?」
そう言って、フェリトナは少年の手枷をしれっと外して見せた。
「ちゃんとあなたのいる前で外したわ」
ふふんっと得意げな表情で言い張るフェリトナとは対照的に、ジェスは苦い顔をする。
「大丈夫よ。ホルンだって言ってたじゃない?調教済みだから逃げる心配もないって」
「あの男の言うことは信用できません。それに、フェリトナ様も思ってもいないことをおっしゃられています」
「ふふ、そうね。あの男のことなんてこれっぽっちも信用していないわ。だからお返しよ」
完全に完敗を喫したジェスは、数人の部下に少年の見張りとフェリトナの世話を命じてこの場を後にした。
「まったく。ジェスったらいつまでも子供扱いしすぎなのよ。さぁ、わたしたちも馬車に向かいましょ」
フェリトナは、遠ざかるジェスの背中を横目に、自由になった少年の手を引いて馬車へと向かう。
しかしここで、問題が発生する。
「フェリトナ様。ホルンという男がフェリトナ様にお目通りしたいとのことです」
駆け足で報告に来た部下の言葉を聞いて、フェリトナの目から温度が消える。
「どういうこと?」
「は、はい。署名の件でお話したいことがあるとかで」
報告に来た男の吸血鬼は、ひざまずいて顔を下げているものの、主人が機嫌を損ねたことに気づいたようだった。
「ごめんなさい。面倒ごとが起きたようなの。先に馬車で待っててもらえるかしら?」
フェリトナは、少年に向かって本当に申し訳なさそうな表情で言葉を投げかけた。先ほどからずっと思っていたことだが、奴隷相手にするような言動ではない。
どう答えていいのか分からず、そのまま黙っていると、
「先に馬車で待っててもらえるかしら?」
どうやら返事が聞けるまでここから動く気がないようだ。
「わかっ……りました」
「ふふっ、ありがと」
少し機嫌を直したのか、少年の下手くそな敬語に笑みを浮かべるフェリトナ。
そして、報告に来た部下にホルンを呼んで来るよう命じると、残った部下に少年を任せ、不機嫌さを隠そうともせず遠ざかっていった。