買われる少年_1
緊張と不安で手に汗がにじんでいた。
ただ、恐怖心はない。
少年は、ステージの中央から観客席を見渡す。
少年にとって最も重要なことはどの種族のものに買われるかだ。
観客席には三種類の種族がいた。その三種類とは人間、吸血鬼、エルフのことで三大種族と呼ばれている。
人間は圧倒的な数で、吸血鬼は圧倒的な力で、エルフは圧倒的な知能で権力を得てきた種族だ。
少年の第一希望は人間。
人間に買われたならおそらく逃走は比較的簡単だろう。
そして最も買われたくない種族は吸血鬼だ。
身体能力の高い吸血鬼相手では逃走の難易度も上がってしまう。
しかし、吸血鬼の人口は三大種族の中では最も少なく、現に観客席にもほとんど見当たらないため、可能性としては低くなる。
『それでは、始めるとしましょう!この少年の最低価格400万レア!』
司会者は少年の紹介もそこそこに最低価格を発表する。観客の方はというと、やはり先ほどの少女のときと比べて盛り上がりは控えめだ。
「450万!」「470万!」と声が上がり始めた。
奴隷の価値の決まり方は、大きく分けて3つある。
一つは単純に労働力。
賃金を払わなくて済む半永久的な労働力が売りで、これは購入者の種族を問わず人気が高い。奴隷側には、何の労働をさせるかにもよるが簡単に死なれては困るので一概には体の健康具合や頑丈さが求められることになる。特に、エルフなどは自分たちの作った兵器などの殺傷能力を確認するために奴隷を用いることが多く、奴隷の強靭さを重視する傾向が強かった。
もう一つは嗜好品としての価値だ。
言い換えるなら、玩具としての価値である。これは購入者の用途によって奴隷に求められるものは大きく違い、例えば自分好みの容姿をもった異性だったり、簡単には壊れない頑丈さだったりと様々である。
そして最後の一つは、最も高額になりやすいとされる希少性だ。
文字通り珍しい種族であればあるほど、価値は上がっていく。また稀に種族固有の能力をもつものもおり、その能力によっては値段が跳ね上がることもあった。
おそらく、先ほど買われていった少女はこの例にあたるだろう。
司会者は特に触れてはいなかったが、ティナ族にも種族特有の能力があったはずだ。少年は、ティナ族特有の能力について記憶をたどってみるが思い出せない。人間とのハーフである少女が、そういった能力を持っているか定かではないが、持っていたとしてもおかしくはないはずだ。また、ティナ族は容姿が美しいことでも有名で、能力には当たらないがそういった特性も金額に反映されていたのかもしれない。
ここで少年の思考が停止する……。
「聞こえなかったの?2億よ……」
鈴の音のような澄んだ声。
幼さと妖艶さの相反する雰囲気が絶妙に入り混じった声だった。
会場には、静寂、そして動揺と驚愕が漂っている。理由はただの少年に2億という破格の値段がついたからか。
違う。
その値を付けた人物が原因だ。
(あり得ない……)
少年を含めた会場中のほとんどがそう思ったはずだ。ほとんどなのは、なぜか少年の隣の司会者だけは、そういった空気が感じられなかったからだ。
会場中の注目を一身に浴びる人物。それは、その人物を囲む集団と、それが掲げる旗の紋章を見れば一目瞭然だった。
吸血鬼の筆頭である王族。
本物かどうかなど疑う余地もない。
あの紋章を面白半分で語るものなどいないからだ。
圧倒的な力で三大種族を担う吸血鬼。その頂点が、自分に2億の値をつけた。
意味が分からない。
最悪なんてものじゃない。
ただでさえ、吸血鬼というだけで逃走が困難だというのに、よりにもよって王族。
吸血鬼の社会的地位は男よりも女の方が上だ。それは、単純に女の方が肉体的な能力が格段に上にあるためである。そして、王族ともなれば別格である。王族の位は女の吸血鬼のみからなっており、代々、選ばれた強い男を伴侶として、精錬された血を守っている家系だ。
『かしこまりました。では、2億レアで落札いたします!』
他に金額を上乗せする客がいないことを確認した司会者は、落札の宣言をする。
特に、拍手などは起こらなかった。他の客も予想外の人物にどう反応していいのか分からないといった様子だ。下手な対応をすれば、敵に回してしまうという恐怖の表れなのかもしれない。
しかし、司会者は依然として飄々とした雰囲気を醸し出している。
『さぁ、こちらですよ少年』
少女のときと同様に、丁寧な対応でステージ脇へ誘導する司会者。
その顔に浮かべている笑みからは何の感情も読み取ることはできなかった。
去り際、ちらりと一瞥した観客席の後方、にこりと微笑む吸血鬼の少女と目が合った。
自分に2億の値をつけた吸血鬼の王族だ。
見た目からは、自分と同じくらいか少し幼いくらいにも見える。
「ふふっ、気に入られてしまいましたね」
不意に、司会者が冗談めかしく言葉を発する。
自分に向けられた言葉と受け取り、少年もそれに応えるように司会者に問いかけてみた。
「もしかして俺のこと前から知っていたのか?」
「……さぁ、どうでしょうね。気になるなら直接本人に聞いてみては?面白いことが聞けるかもしれませんよ」
本人というのは、あの吸血鬼の少女のことだろうか。
もともと、この司会者にまともな返答は期待していなかったが、だめもとでも出来るだけ情報を集めるべきだと判断し、少年は話を続ける。
「なんであの女……あの人は俺を買ったんだ?目的は?どうして王族がこんなところにいる?」
「ふふ、なかなか質問が多いですね。やはり、わたしの方からは本人に直接聞いてみてくださいとしか言えませんね。あの方は、お話がたいそうお好きですので、お喜びになると思いますよ」
時間もないので、思いつくままに質問を投げかけたが、案の定具体的な返答はなかった。
しかし、得られた情報もある。やはり、この司会者とあの王族とは顔見知りの仲だったようだ。
……いや、本当にそうだろうか。
そもそも、一介の奴隷商人と吸血鬼の王族が知り合いになったりするのだろうか。
仮に本当だとしたら、この司会者は一体何者なのか。
それに、司会者の最後の言葉、あれは単純に口を滑らしただけなのか、それともわざとか。全くの嘘だということも考えられる。
これほど慎重に考えさせられる程、この司会者は底知れない不気味さを持っていた。
「さぁ、ここです。入ってください」
司会者は扉を手で抑えた状態で、少年を中へと促す。
引き渡しを行う部屋なのだろうか、必要最低限の机と椅子に、あとは軽い装飾品が置かれた空間だった。
司会者の男も続いて入ってくる。
少女の引き渡しの際は、他の奴隷商人の男に任せていたはずだが、相手が吸血鬼の王族だからなのか、最後までこの司会者が付き合うようだ。