二人の奴隷_2
「おい、次はお前の番だ」
少年が何かを言おうとする前に少女の背後から声がかけられる。奴隷商人の男だ。
いつの間にか順番が回ってきたみたいだった。
少女の顔が一瞬にして凍りつく。
「……っ」
言葉にならない絶望。
この時が来るのは少女自身分かっていたはずだ。分かっていたからこそ最初は泣いていたのだ。
少女と目が合う……。
唇をぎゅっと噛みしめ今にも泣きだしそうになるのをこらえている少女。少年は、こんな時どんな顔をしていいのかも分からず目をそらしてしまった。
話さないでおけばよかった。
馴れ合わなければよかった。
たった数分の会話だったが、少女に対して同情の念がわくには十分な時間だった。
「おら、とっとと来い!」
商人の男が先ほどから一向に動こうとしない少女の片腕を掴む。手枷のせいで、もう片方の腕も巻き込まれる形でステージの方へ連れていかれる少女。肩越しに少年をみて、涙を滲ませながら何かを訴えかけてきた。
「わ、わたし……わたしの名前は……ナ……」
結局最後まで聞き取ることが出来なかった。
そのまま少女のか細い背中はステージへと消えていく。
『お待たせしました!続いての商品はこちらぁ!』
そう言いながら、大業な素振りで少女の方へと観客の視線を誘導する司会者。
『なんとまだ十歳にも満たない純真無垢で可憐な少女です!』
先ほどから一向におさまる気配のなかった観客の賑わいが、その少女の登場により、よりいっそう賑わい出した。こんな状況で他人のことを気にしている場合ではないが、少年は少しでもまともな奴に買われてくれることを密かに祈ってしまう。
(奴隷を買いに来るやつにまともな奴はいないか……)
司会者は少女をステージの中央に置き、いつものように商品紹介を始めた。
『こちらの少女、身寄りを失い北の国の貧民街でさまよっているところを我々が手厚く保護いたしました。そして調査の結果とんでもない事実が発覚したのです!なんとこの少女、ティナ族と人間のハーフだったのです!』
会場に沈黙がおとずれた。
その場にいたもの全員が自分の耳を疑ったからだ。だがその静寂もほんの一瞬のことで、司会者の言葉を徐々に理解したもの達から再び声が上がり、瞬く間に会場がざわめきだす。
『わかります。みなさんのお疑いの気持ちは十分わかりますとも。ですが、申し訳ありません。この少女が真にティナ族の血を引くものなのか。その確たる証拠は諸事情により公表できないのです。なにとぞご容赦を』
丁寧な口調とお辞儀で観客の反応に答える司会者だが、その貼り付けたような不気味な笑みからは全く謝罪の念は感じられない。それどころか自分に罵声をあびせる観客たちの様子をみて楽しんでいるようにさえ見える。それは、観客たちの方にも伝わったようで彼らの怒りに拍車がかかった。そんな観客を前に尚も司会者は続ける。
『しかし我々ニパック奴隷商会、嘘は言っていないと断言いたします!我々は創立して以来、お客様の信頼信用を何よりも大切にしてきましたゆえ、詐欺まがいの行為をするはずがないと。そしてなにより、見てくださいこの少女のお顔立ちを!あぁ、なんと美しい!これこそが彼女がティナ族の血を引いているという何よりもの証拠ではありませんか!』
司会者の言葉に、今まで攻撃的だった観客の雰囲気も一理あるといわんばかりに和らいだ。
『もしくはこういうのはどうでしょう?もし本当に真実が知りたいのなら……』
声を潜め少しのためをつくる司会者。
『このか弱き少女に直接聞くというのは!もちろんそれは主人になったものだけの特権ですが……しかしどのような聞き方をしてもかまわないのですよ?奴隷なのですから……』
司会者は最後に黒い笑みを浮かべた後、すぐに元の不気味な笑みを貼り付け乱れてもいない襟元を正し始めた。
いよいよ始まる。
少年はステージの脇から目いっぱい背伸びをして観客席の方を覗き込む。
財布の中身を確認するもの。
隣のものと話し合うもの。
成り行きを見守ろうとするもの。
観客は様々な反応を見せるものの、みな一様に司会者の次の言葉を待っている。
『さて、ではそろそろいきますとしましょう!こちらの少女の最低価格……2000万レア!』
高い……桁がさっきまでの奴隷たちと一桁も違う。
少年はちらりと、ステージの中心にいる少女を見る。自分の位置からでは少女の顔を伺うことが出来ないが、胸の前で両手を組みながら肩を震わせている姿を見れば想像がつく。
そっと少女が振り返ってきた。
おそらく司会者は気付いていると思うが黙認しているのだろう。
少女の顔を見るのがこわかった。すがるような少女の顔を想像してしまい、それに対して自分は何もしてやれないとわかっていたから。それでも、これで少女の顔を見るのも最後になると思い少女に目を向ける。