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家畜の俺が、世界を反転させるまで  作者: フミタロウ
第一章 転機の日
18/28

逆鱗

 雲の隙間から覗いた月明かりが、フェリトナを照らす。


 月さえも飾りにつけた少女は幻想的で、息を飲むほどに美しい。


 しかし、今のニーゴには、そんなフェリトナの姿に見とれている余裕は無かった。

 馬車の屋根に腰をおろし眼下を見下ろすフェリトナ。

 その傍らに、静かに佇むジェス。

 そして、自分の横に意識なく横たわるドパース。

 さらには、自分とドパースを取り囲むようにして隊列を組む大勢の吸血鬼の姿があった。


 つい先程、ニーゴが全身の激痛で目が覚めたときには、既に今の状況が出来上がっていた。


 ニーゴは、痛む全身に鞭をうち、急いで配下としての姿勢をとる。隣のドパースは、血まみれの姿で一向に動く気配がないが、かろうじて生きてはいるようだった。


(……最悪の状況だ)


一瞬、悪い夢でも見ているのではないかと疑ったが、目の前の光景とニーゴの記憶がそれを否定する。


「やっと、お目覚めのようね?身体は大丈夫かしら?」


「は……はい。何も……問題……ござ……いません」


 フェリトナの言葉に、ニーゴは咄嗟に言葉を返すも、声を発するたびに骨が軋み、それだけ言うのがやっとだった。


 しかし、そんな不敬をジェスが見逃すはずもなく、


「貴様!フェリトナ様の配慮の言葉に、感謝の一つもないとは一体どういう……」


「も、申し訳ござ……ません……」


「ジェス、いいわ。時間が勿体ないし、それにあの様子じゃ無理もないわ。どれだけ控え目に言っても満身創痍って感じじゃない」


 ニーゴはうつむき悔しさに唇を噛む。やはり、端から見れば、自分も隣で無様に横たわるドパースと同じに見えるのだろう。周りを取り囲む女の吸血鬼が嘲笑の笑みを浮かべているのは、それが理由だ。


「じょあ、説明してくれる?えっと……たしか……」


「彼は右翼一番隊、ニーゴ・ランクです」


 小首を傾げるフェリトナに、ジェスがすかさず答える。


「一番隊……そう……まぁいいわ。ではニーゴ、あなたとそこのデカいのは、どうしてそこで寝転がっていたの?」


「そ……それは……あの奴隷に……られ……ました」


「聞こえないぞ!ニーゴ・ランク!」


 ジェスの怒りの声に、痛みをこらえ、もう一度返答をする。


「あの奴隷に……やられ……ました」


 周りの吸血鬼が一斉にざわめきだす。驚きの声も混ざってはいるが、ほとんどが嘲りや侮蔑といった類いのものだ。


 その中でも一際目立つ声があった。


「おいおい、笑わせるのも大概にしてくれよ!お前……吸血鬼が二人がかりでガキに負けるとか恥ずかしすぎるだろ!しかも、一番隊がって…冗談きつすぎ!」


 その声の主は、ガロナ・スワンデリヒ。

 

 頭部一番隊隊長。


 吸血鬼にしては珍しい褐色の肌と、唇から覗いた白い八重歯は、蠱惑的で獰猛な印象を感じさせる。

 身長は女性にしては高く、服装も胸元と腰を軽く覆っただけのような大胆な格好の女だ。

 しかし、もっとも目を引き付けるのは彼女の武器である大剣。

 刃渡りは、おおよそガロナの等身大ほどもあり、その刃は手入れが施されていないのか、ひどく刃こぼれしていた。


 ガロナは等身大ほどもある抜き身の刃を地面に突き刺し、それに寄りかかるような姿勢で、今度はジェスに言葉を投げる。


「こいつらどうします、姐さん?」


 嗜虐的な笑みを浮かべるガロナ。


「ガロナ、その呼び方で呼ぶのはやめろといつも言っているだろう、まったく。いかがなさいましょう?フェリトナ様」


 ジェスは、うんざりした様子でガロナを軽く嗜めた後、フェリトナに確認をとる。


「好きにしていいわ」


 フェリトナは興味がないのか、どこか上の空といった様子で天を見上げていた。


「了解っす!んじゃあ、さっそく」


「お、お待ち……下さい!」


 ニーゴは叫ぶ。痛みから身体を庇っている場合ではない。


(このままでは、こいつも……おれも……)


「お?命乞いか?」


 ガロナが軽々と大剣を肩にかつぎ近づいてくる。



 ずっと我慢してきた。



 弱肉強食の世界。

 特に吸血鬼の社会ではそれが如実に表れている。力が絶対。故に、男に価値はなく、女こそ尊ぶべき存在。


 だから、せめて賢くあろうとした。強者達の力の矛先が自分達には向かないようにと。

 そして、それでいいと思っていた。

 自分より力の強い者には頭を垂れ、弱いものはひざまづかせる。これこそが、世の理であり、ニーゴがずっと守ってきたルールだった。


(くそ……こうなったのも、全部こいつのせいだ……)


もともと、ニーゴには考えがあった。


 あの奴隷……少年は間違いなくフェリトナにとって特別な存在。


 ならば、あの少年に少しでも恩を売っておくことに損はないと思った。だから、あの少年が気にかけていた少女を見逃してやったと思わせておきたかった。そう思わせて、あとで秘密裏に始末すればよかった。


 そうしていれば、あの少年の逆鱗にふれることもなかったはずだ。


 未だ、意識の戻らないドパースを恨みがましい目で見る。


(昔からそうだ……いつも、こいつの尻拭いをさせられる……)


「お待ちくだ……さい!確かに……我々の力不足が原因で……取り逃がしてしまい……ました!ですが!あの少年を侮っては……なりません!あの少年は……単なる……」


「もういいわ!」


 ニーゴの弁明を遮ったのはフェリトナ。


 これ以上、言葉を続けることを許さないと、彼女の目が言っている。


 先程まで、上の空で虚空を見つめていたフェリトナは馬車の屋根から優雅に飛び降り、ニーゴのもとまで歩いてくる。


「興味深い話ね。あとでゆっくり聞かせてもらうわ。でも、一つだけ……今聞いておきたいことがあるのだけど……」


「は、はい!どのような……ことでも、わたしに答えられることであれば!」


「あの子の名前……聞いてないかしら?」


「名前ですか?はい……確か、リンと呼ばれて……おりました」


「リン……そう……」


フェリトナは少し頬を赤く染め、口元を微かに綻ばした。フェリトナの初めて見せる顔。


(あの奴隷にここまで……)


ある程度予想はしていたが、予想以上であった。

最初は、あの奴隷の少年のどこを気に入ったのかと疑問に思っていたが、今となっては色々と府に落ちる。


「あ、それともう一つあったわ……一応聞いておくけど、一緒にいた女は当然始末したわよね?」


「え?あ、あの……それが……」


「は?」


 フェリトナの眼光は、それだけでニーゴの心臓を鷲掴みにしたような感覚に陥れる。


 呼吸ができない。


 殺気という冷たい空気がニーゴの肌を撫でるようにして纏ってくる。


「つ、つまり……あなた達は、二人もいながら……あの子に逃げられただけではなく、一緒にいた女にもまんまと逃げられた……ということ?じゃあ、今ごろあの子はあの女のもとに……」


 怒り、動揺、呆れ、憔悴……ありとあらゆる感情がかいまみえるフェリトナの言葉に、ニーゴはもはや返す言葉を失っていた。


 何を返しても、無意味。処刑台に立たされ、合図一つで首が飛ぶ寸前のような諦念と悟りの感情を覚える。


「ガロナ!」


「はい!」


「この二人は殺さなくていいわ!まだ、聞きたいこともあるしね……でも、相応の罰を与えなさい!」


「承知いたし……!フェリトナ様!」


 ガロナは、大剣を放り投げ急いでフェリトナの元へ駆け寄る。フェリトナが、よろめき倒れたのだ。次いで、ジェスや他の吸血鬼達も急ぎ対応する。


 その喧騒をよそに、ニーゴは諦めたかのように頭を垂れ処罰の執行を待つ。


(悪いなドパース、今回はだめだったようだ……)


「でも…もしお互い無事で生きていたら、一からやり直そう……もう一度……生き直そう……」


 前方の人混みから、ガロナがやってくる。拾った大剣を、今度は担ぐことなく、引き刷りながら。


「覚悟はいいな?」


 まさに鬼の形相。敬愛する主が、無能な男のせいで体調を悪くした。それは、ガロナにとってもっとも怒りを覚えることなのかもしれない。


「なぁ?わたしが、どうして刃を研がないかしっているか?こっちの方が、切れにくい分……痛いからだ!」


ガロナが、大剣を上段に構える。


「お前達は一人分で十分だ!」


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