再選択
「は?」
「くそが」
二つの声が重なる。リンと、もう一方はニーゴだ。
「おい、それってどういう……」
しかし、リンの問いかけはニーゴの怒声によってかき消された。
「貴様というやつは!」
「な、なんで怒るんだよ?」
動揺するドパース。
しかし、それはリンも同じだった。
(どうして、まだナリアの話が出てくる⁉)
まだ、ナリアと別れてからまったくと言っていいほど時間が経っていない。今、ドパースが向かえば簡単に追い付かれてしまう。
それに、ニーゴが怒っている理由もわからない。
「だ、だってよ、フェリトナ様の命令によればあのメスガキも抹殺対象だろ?」
「ちっ、もう少し考えてものをしゃべれといったばかりだろ!」
ドパースの言葉にリンも反応する。
「ちょっと待ってくれ!抹殺対象ってなんだ!あいつは関係ないだろ!」
「うるせぇ、クソガキ!こっちの話に入ってくるんじゃねぇよ!」
「ドパース、お前は少し黙っていろ」
ニーゴは鋭い眼光でドパースを睨み付けた後、リンに目を向ける。
「関係ない…と言ったな?正しくは関係なかっただ。お前があのメスをわざわざ助けに向かったから、殺されることになったのだ」
「意味わかんねぇよ!さっき逃がすって約束しただろ!」
「約束?自惚れるなよ、ガキ。あれは、単なる慈悲だ。こっちの事情があっただけのこと。それも、こいつのせいで、台無しだがな……」
ニーゴは怒りというより、呆れに近い空気を滲ませながらドパースの方に向き直った。
「ドパース、あのメスガキを今すぐ殺してこい」
「よっしゃ!了解したぜ!ばらばらにしてこよう!」
「おい!待て、まだ……」
「あまり時間はかけるなよ」
「話を聞け!あいつに近寄るな!」
「分かってるよ、ちゃちゃっと楽しんで終わらせてくればいいんだろ」
「頼むから、あいつは見逃してやってくれ!」
「ドパース、失敗は許さんぞ」
「おい!だから、話を……」
「わ、わかってるよ。ガキ一人殺すのに失敗も何もあるかよ。だいたいの位置ももう分かってるしな」
「そうか、ならいい。念のため首は持ってこい。フェリトナ様に一応お見せしよう」
「あぁ、それもそうだな。んじゃあ、行ってく……」
「待てよ!」
ここでようやく、二人がリンに意識を向ける。
ニーゴは、相変わらずの無表情だが、ドパースは、にやついた嫌な笑みを向けてくる。
「諦めろ。あの、メスが殺されるのは決定事項だ。俺達が手を下さなくとも、あのメスの逃げ足じゃ、遅かれ早かれ他の追手に殺されるだけだ」
「……最初から逃がすつもりは無かったってことか……」
「ったりめぇだろ!馬鹿が!お前は、奴隷なんだよ!分をわきまえろってことだ!」
答えたのはドパースだ。
「そうか……そうだよな……」
このまま、二人との会話を引き伸ばせば少しはナリアの逃げる時間を稼げるだろうか。
いや、結果は同じような気がした。
「ドパース、お前はもう行け」
「あいよ」
ドパースが、ナリアの向かった方角へ歩き出す。
(あぁ、また同じだ……)
前にも同じようなことがあった気がする。
(そのときは、どうしたんだっけ……)
思い出せない。
もう疲れた。
結局、奴隷は奴隷のまま……強者に奪われ続けるしか無いんだ。
神にでも祈ろうか。
でも、その神はこんな残酷な世界をほっとく程ふざけた神だ。
だから神なんていない。
結局、今の現状を変えられるのは自分の力でしかなくて……
でも、その力が自分には無くて……
そんな感じで、無意識のうちに、決めつけて、選択して……間違った。
だから、選択し直そう。
さっき、勝手に捨てた選択肢を拾い直して。
「……待てよ」
記憶も根拠もないが、確信はある。
(この二人くらいなら……)
黒くて深い穴に意識が落ちていく。
「おい!ドパース戻ってこい!まずい!」
ニーゴの焦燥と驚愕に染まった顔と、
「あ?どうかしたか?」
ドパースの間の抜けた声。
それを最後に、リンの意識は途切れた。