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家畜の俺が、世界を反転させるまで  作者: フミタロウ
第一章 転機の日
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二人の追手

 心地のいい瞬間が嘘だったかのように凍り付いていく。


「ったく、すげー探したぜ。フェリトナ様もたいそうご立腹だぞ?」


 声の出所は頭上。二人が背を預けていた建物の屋上からだ。

 リンは、とっさにナリアを庇うようにその建物から距離をとり身構える。

 見上げれば、そのしゃがれ声の男は、ニヒルな笑みを浮かべこちらに視線を送っていた。


(くそ!まったく気づかなかった!)


 大きめの図体と、左目から頬にかけての長い傷が印象的で、薄暗い中でもはっきりと分かる赤い瞳は、彼が吸血鬼であることを物語っている。


「リン……」


ぎゅっとリンの服の端を握るナリア。


「あーあー妬けるねぇ。その年で恋人持ちかぁ?まったくうらやましい限りだぜ。なぁニーゴ!」


「あまり無駄口を叩いている暇はないぞドパース。フェリトナ様が怒り狂ってるって話だ。ついでに、ジェス様もな」


 気づけば、リン達のいる路地の一方からもう一人の男が現れる。こちらも吸血鬼だ。

 ドパースと呼ばれたしゃがれ声の男とは対照的に、ニーゴと呼ばれた男は華奢で、中性的な印象だった。


「おい、お前。この状況……いくらガキとはいえ理解できるな?お前はフェリトナ様の所有物だ。極力、乱暴に扱わないようにとの命を受けている。だが、抵抗するならその限りではない。わかったら大人しく付いてこい」


 淡々と語るニーゴに対し、しかしリンは難色を示す。


(ここまできて……くそっ!)


「お前は本気で、我々吸血鬼から逃げられるとでも思っていたのか?」


 リンの表情から、逡巡の思いを察したのかニーゴが言葉を続ける。


「ここまで、逃げ切ったのは褒めてやる。それも、荷物を抱えてな。だが、吸血鬼の本領は太陽の沈んだ後から発揮されるのは知っているだろう?お前が、どこまで逃げていようと、夕暮れと同時に全てが徒労に終わるということだ」


「ふん!どうでもいいだろ、そんなこと。さっさと骨の数本へし折って連れて行けばいいんだよ。じゃねぇと真っ昼間から走らされた俺の、鬱憤が晴らされねぇ!」


「やめておけ。ドパース。そんなことをすれば、フェリトナ様の鬱憤がお前で晴らされることになるぞ」


 こめかみに青筋を立てたドパースが、屋根から飛び降りてくる。あの巨躯からは考えられないような軽やかな着地だ。


「ちっ、わかったよ」


 ドパースが面白くなさそうに返事をする。そして、そのまま回り込むようにしてニーゴとは反対側の配置についた。



 挟まれた……



 もう逃げ場はない。



(ここまでか……)


「わかった……お前達についていく」


「それでいい」


「けど、頼みがある」


「あぁ?頼みだぁ?お前、立場わかってんのか?」


「いいドパース。……言うだけ言わせてやろう」


「おれは大人しくついていくから、こいつは逃がしてやってほしい」


「リン!わたしも、一緒にっ……」


 リンは、離れようとしないナリアの手をほどいた。


「こうなったらもう、どうしようもない。ナリア……お前だけでも逃げろ。あいつらの目的は俺だけだ」


「いや!わたしだけ逃げるなんてできないよ!」


「取り込み中、悪いがよ。俺たちは誰も了承した覚えはねーぞ」


「……いや、いいだろう。そこのお前は見逃してやる。気が変わらないうちに、消えろ」


「あぁ?おいおい、確かメスガキの方もだよな?」


「……」


「……まぁ、いい。ニーゴがそういうなら、そうしよう」


 ニーゴとドパースの間で、軽い視線のやりとりがあったあと、ドパースの方も了承の意を示した。


「行け、ナリア」


 リンの言葉に、ぶんぶんと頭をふるナリア。


「せっかく、ここまで来たんだ。お前までおれに付き合う必要はない」


「わたしは……リンが一緒だったから……だから……」


「いいから逃げろよ!」


 リンの強い口調に、ナリアはたじろぐ。


 リンは言葉を続ける。


「頼むから……おれが、お前を助けに向かったことを、無意味なものにしないでくれ……」


「……リン……」


 ナリアの目に涙が浮かぶ。


「おれだけじゃない……あのモネって人だって……」


「わ、わたし……一人じゃ……何も……」



「大丈夫だ」とは言わなかった。何となく無責任で、薄っぺらい気がしたから。



「……ただ、ちょっとの間一人になるだけだ」


「え?」


「勝手にこれで最後なんて決めつけんな……少しだけ……自由になるのが遅れるってだけの話だ」


 気づけば、いつの間にかリンの瞳にも涙があふれ出す。

 しかし、それを溢れさせまいと必死に抑え……

 目の前の少女のためか……それとも自分のためか……最後の言葉をかけた。




「だから!外の世界で待ってろ!」



 リンの言葉で、ナリアの瞳に光が戻る。


 目をこすり、鼻をすすり、唇を噛む。


 これ以上は泣いていられないと……


「……ぐすっ……わかった!約束!」


 そう言って、ナリアはリンに背を向け歩き出した。ドパースの横を通りすぎ、暗い路地裏の中へと姿を消していく。


(よかった……)


 リンは最後まで、か細いナリアの背中を見つめながら安堵の表情を浮かべた。一番いい結末はもちろん二人とも無事に逃げられることだ。最悪の結末は二人とも逃げられないこと。


(一番いい最後ではなかったけど、二番目くらいにはいい結果だったかな……)


 自分が逃げられない、悔しさはあったが、意外にもそれよりもずっと、ナリアが無事に逃げられることが嬉しかった。


「んじゃあ、行くか。そろそろ、戻らねぇとフェリトナ様に半殺しにされそうだしな」


 ドパースが、冗談混じりに言う。


「そうだな。いくぞ」


 対照的にニーゴは、特に表情を変えることはなかった。

 リンは「付いてこい」と促され、二人に挟まれるようにして、路地裏の出口へと向かう。


「なぁ?お前もしかして、まだ逃げようとしてるのか?」


「……」


「だってよぉ、外の世界で待ってろ?だっけか?それって、そういうことだろ?」


「……」


「ちっ、無視かよ。つまんねーな。それにしてもよ、ニーゴ。こいつを見つけたのが俺達でよかったよな」


「どうだかな……そもそも、こいつを一度逃がした時点で、今回フェリトナ様に付き添った俺達は罰則ものだからな」


 ニーゴは振り返り、ちらりとリンを見る。

 責めるような視線ではない。油断のない、監視の視線だ。


「ふん、大したもんだな、あの女どもの隙をついて逃げるとは」


「はん!たまたまだろ!こいつがすごいんじゃねーよ。あの女どもが間抜けなだけだ」


「口を控えろドパース。面倒なことになるぞ」


「あいつらのせいで、とばっちり食らってんだ。文句の一つ言ったって誰も怒りはしねーよ」


「そうじゃない。このガキは単に、奴隷として買われたんじゃないらしい。噂ではあるが、フェリトナ様がかなり執着しているとのことだ。下手な発言をしていると、こいつに告げ口されるぞ」


「な⁉そんなわけねぇだろ?どうせ、おもちゃとしてとかそんな意味だろぉよ」


「ただの、おもちゃを二億で買うのか?それに加えて、こんなに大掛かりの捜索網だ。なにより、単なる奴隷が、吸血鬼の隙をついて逃げ出せるわけないだろ。少しは頭を使ったらどうだ」


「くそっ!わかったけどよ、お前の見下したような言い方が気に入らねぇ!もっと言い方ってもんがあんだろ!」


「……」


「ちっ……どいつもこいつも……」


 ニーゴに軽くあしらわれたドパースは、不機嫌そうに続ける。



「で?いつになったら、あのメスガキを殺りにいっていいんだ?」


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