吸血鬼の王族_2
ホルンが一体何のつもりで、時間稼ぎを行っていたのか結局不明のままだが、今はそんなことよりもあの少年のことの方が大事だ。
残されたフェリトナの方も、すぐさま次の行動に移るべく、数人の部下を呼び出した。
「ジェスから連絡は?」
「はい、あの少年は現在も逃走中とのことで、周囲の住民から目撃情報などを集めております」
「それで?」
「はい、とある少女と共に逃走している姿を多くの者が見ております」
「…………………少女……?」
「は、はい……」
急激にフェリトナの瞳から光が消え、その殺気立った様子に、報告にきた部下は言葉を詰まらせた。
「どんな子なの?」
「え……それはどういう……」
「その女はどんな奴かって聞いてるの」
「は、はい!あの少年の競りの直前に買われていった少女と聞いております」
「そ、そう……なの……ふーん……」
(………逃げるだけでは飽きたらず、わたしをそっちのけで他の女の元に向かった……ということね……)
冷静を装ってはいるが、内心は気が気じゃなかった。
味わったことのない感情。
自分は怒っているのだろうか。先ほどもホルンに苛つきを覚えていたが、それとは少し違う気がした。胸がざわつき、締め付けられるような感覚。怒りがないわけではないが、それとは別のもっと他の、何とも言えないもどかしい気持ちがある。
「フェリトナ様!どこか具合が悪いのでしょうか⁉」
突然、目の前の部下が慌て出すのに気づく。
「別にそういうわけではな……い……え?」
そこまで言いかけてようやく気づいた。自信の瞳からこぼれ出しているものに。
「……なにこれ?」
涙?
訳が分からない。訳が分からないが、自分が泣いてしまっていることに一度気づいてしまったら、止まらなかった。無意識に押さえ込んでいたものが崩壊し、一気に崩れていく。
「……う……ぐすっ……」
「あ、あのフェリトナ様?」
「……ひどい、ひどいじゃない!ぐすっ……ひどすぎるわ!」
フェリトナはそのまま、人目も憚らず大泣きをしてしまう。そこにいつもの、王族たらしめた風格はなく、そこにいるのは見た目通りの傷ついた少女そのものだった。目の前の部下も、ただ目を白黒させているばかりだ。
「わたし一人で馬鹿みたいじゃない!舞い上がっちゃって……ぐすっ……まだ会ったばかりだから⁉でも、そんなの仕方ないじゃない!……う……ぐすっ……男なんて最低よ!弱いくせに!お母様の言ってた通りだったわ!」
フェリトナは、溜まったものを吐き出すかのごとく、喚く。周囲の者も、何事かと視線を向けてはくるが、フェリトナの衣服に縫い付けられている紋章のためか、近づいてくるものは皆無だ。
「あの子だってそうよ!あの女の顔に騙されてるだけだわ!アルラ姉様も言っていたもの!男は顔と胸しか見てないって!それ以前に、可愛さならわたしの方がずっと上よ!そう思うでしょ?……む、胸は……これから……大きくなる訳だし。ニカルガ姉様もびっくりするくらいね!そもそも、あの女だってそんなに……」
わき上がった感情の波は止まることなく、ますます勢いを増していく。
フェリトナ自身、生まれて初めて味わう感情を制御する術を持ちあわせてはいなかった。
「もうすぐわたしの誕生日なのに‼」