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家畜の俺が、世界を反転させるまで  作者: フミタロウ
第一章 転機の日
1/28

二人の奴隷_1

『さぁっ!今年もやってまいりましたッ!毎年恒例、大奴隷祭!』




 大音量のスピーカーから耳障りな声が聞こえてくる。




『今年の品揃えはいつにもまして素晴らしい!なんといっても……』




「いいから早く始めやがれ!」


「女からセリにかけろ!」


「もったいぶるんじゃねぇよ!」




 耳障りなのはスピーカーからの音だけではない。


 ステージの前に広がる観客席から、怒声にも似たやじが飛び込んできた。


 人間やエルフと言った主要な種族の成金が集まっているのだろう。


 だが司会者の方はいつものことだと言わんばかりに、涼しげな顔で司会を続けていた。




『まぁまぁみなさん落ち着いてください。ここにいる奴隷は逃げたりしませんから……ふふ、もう調教済ですから』




 観客席から笑いが起こる。




(あぁ耳障りだ……)




 司会者の声も観客の笑い声も……。




 でも、一番の耳障りはそんなものじゃない。




「……ぐすっ……嫌だ……どうしてっ」




 さっきから自分の目の前で泣いている少女。これが一番耳障りだった。




 ここまで来たらもうどうしようもないと言うのに。


 あとは、せいぜい自分を買っていく主人が、他の奴に比べてましなのを祈って待つことしかできない。


 でも、それも叶わないだろうと、この少女の容姿を見て思う。


 これだけ端麗な見た目をしていれば、そこらの変態がほっとかないだろう。そんなことを思いながら、なんとなく自分もその少女の端正な顔立ちに見入っていることに気付いた。


 少女の方もこちらの無遠慮な視線に気付いたのか泣いた目元をぬぐいながら振り返ってくる。




「……」


「……」




 お互い見つめ合うこと数秒。


 さすがに照れ臭くなってきて目をそらそうとするが、なぜだか少女の方は不思議そうにじっとこちらを見つめたままだ。




「……なんだよ?」




 痺れを切らし、強めの口調で言ってみる。




「……」


「何もないならさっさと前を―――」


「どうして?」


「?」


「どうしてなの?」


「なにが?」


「……」


「……」




 二人の間に再び訪れる沈黙。


 このときばかりは、司会者の声も観客の賑わいも遠くに感じていた。




「えっと、俺がお前のことを見ていた理由か?」




 めそめそと耳障りだったから。


 少し見惚れていたから。


 どちらでもいいか。




「その、なんだ……気に障ったなら謝るからそろそろ前を……」


「違う!」


「……っ」




 少女は大袈裟なくらい頭をぶんぶんとふり、前のめりになって言った。




「どうして平気そうな顔をしているの?どうして泣かないの?こわくはないの?」




 なるほどそういうことかと合点がいく。


 先ほどまで泣いていた少女は、自分と年の近い少年が泣くことはおろか、とくに怖がった様子も見せないことを不思議に思ったらしい。




「怖くない」


「どうして?」


「……」


「……?」




 今も舞台上で会場を温めている司会者の方に目を向ける。どうやらそろそろ商品の競り合いが始まるようだった。




「ここから先はどう転んだって地獄だ」


「……」


「奴隷である以上はずっと地獄なんだ。どんな奴に買われたって少しましくらいの差しかない」


「……」




 先ほどまで泣いていた少女の目にはすでに涙はなく、赤く腫らした目を少年に向けて真剣に耳を傾けていた。




「どうせ同じ地獄なら……何したって地獄なら……俺は奴隷をやめる」


「……ど、どうやって?」




 おそるおそるといった感じでまたも質問を投げかけてくる少女。




「そんなの逃げるに決まってる」




 当然だろと、ため息交じりに答えた。




「でもでも、そんなことしてもし捕まっちゃったら……」


「お前、俺の話聞いてたのかよ。ここからは何したって同じ地獄だって言ったろ?何もしなくたって地獄だ。だったら少しでも地獄から逃げ出せる可能性のある方を選ぶのは当然だろ?」


「そう……なの?」


「そうなんだよ。もういいだろ、わかったらとっとと前向けよ。見張りの奴に目つけられるぞ」


「わたしにもできるかな?」


「お前が逃げ出せるかってことか?」




 少年の問いにこくんと頷く少女。




「……さぁな、やってみなきゃ分かんねぇだろ」




 きっと無理だろう。しかし、どう答えるのが正解なのかも分からないので無難な返答をしておく。


 だが次に少女が発した言葉を聞いて返答を誤ったと気付かされた。




「じゃあ、やってみる!」


「っ……本気か?」


「だってやってみなきゃ分からないんでしょ?もしかしたら上手く逃げられるかもしれないし」




 ついさっきまで泣いていた少女の面影はすでに消え去っていた。




「いや、でももし捕まりでもしたらひどい目に」


「どうせ同じ地獄ならやった方がましだって言ってた」


「……」




 少し言っていたことと違う気がするが、確かに似たようなことはついさっき言ったばかりだ。




「いや、でもな……」


「嘘だったの?」


「いや、嘘ではないけど……」




 少し怒ったような顔つきで、それでいて少し悲しそうな表情で詰め寄ってくる少女に、少年は一瞬戸惑った表情を見せるがすぐに持ち直し、突き放すような口調で続けた。




「じゃあ好きにしたらいいんじゃねぇの?どうなっても知らねえけど」


「うん、そうする!」




 笑顔で答える少女はさらに続ける。




「そういえば、あなたの名前は?」


「名前?」


「そう、名前!わたしはね……」




 こんなところで馴れ合っても仕方がないというのに……。


 名前なんて聞いていったい何の意味があるというのか。


 少年は、ここらへんで適当にあしらって会話を終わらせようとしたが、その必要はなかったようだ。








「おい、次はお前の番だ」








 少年が何かを言おうとする前に少女の背後から声がかけられる。奴隷商人の男だ。


 いつの間にか順番が回ってきたみたいだった。

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