第8話 船を造ろう(4)
カスミが外に出ると何らかの事件が起きるようです。
レリーフの女性が気に成って、それ以上記念碑を見る気が無くなってしまいました。
レリーフの内容を調べたいけど何処へ行けば分かるのかな。
レタや姉ねに聞きたいけど今は2人とも仕事で忙しいので今すぐには聞きにくいです。
家(神域の部屋)へ帰ってからレタに聞くのが一番良さそうですね。
でも気持ちは今すぐにでも知りたいと、記念碑の周囲に何かヒントでもないかと探してしまいます。
アイは何か知らないでしょうか、彼女も王都へ何度も調査に出かけています。
「アイこのレリーフですけど」
とレリーフの荷車に乗せられているエルフか妖精族らしい女性を指さします。
「この女性が気になるのですが、何か知っていることはありませんか?」
「娘さん教えてあげようか?」といきなり後ろから声がしました。
ゆっくり振り返ります、アイが私に少し近寄ります、聖域の結界で私をいつでも守れる様に。
後ろと言うか周囲に人が何人かいるのは把握していました、しかし私に注目したり、ましてや声を掛けてくるような素振りをする人は居ませんでした。
声を掛けたのは、まだ若い20代前半の人でした、彼の後ろにも付き人が数人居て彼を護衛しているようです。
恐らく貴族と思えるので、軽い挨拶程度にカーテシーをして先ほどの内容を聞いて見ます。
「教えて下さるとはこのレリーフの女性についてですか?」
「ええ、そうですよ、彼女はビチェンパスト王国の王族にエルルゥフの名を与えたエルフの姫なのですから。」
「え、エルルゥフですって、それは”乗船資格を得た者”の意のはず、簡単には手に入る事の無いエルフ族の証です」言ってすぐに後悔しました。
失敗しました、何で声に出して喋ってしまったのでしょうか。
この知識は王族の記憶にしまい込まれた知識ですが、何でこの最悪のタイミングで出てくるのでしょうか。
「”乗船資格を得た者”にエルフの証ですか、興味深いですね。」
彼が私を見つめてきます、身長差があるので彼の目線が上から私の耳へ向かっているのが分かって、思わず手で耳を隠してしまいました。
また失敗してしまいました、何でこうポンコツなんでしょう、此れでは私が耳を見られたくないことが分かってしまいます。
アイが彼の前に立って、私を後ろへと庇います。
「お嬢さんもう少し詳しくお話を聞かせてくれませんか?」彼が合図をしたようには見えないけど、私達の周りを彼の護衛と思しき中から6人程が囲みます。
私は周りを取り囲む男達を見回した後、彼の方を見てはっきりと答える。
「お断りします」
「下がりなさい、手荒な事はしたくは在りませんが、事と場合によっては容赦はしません」
アイが私の言葉の後で、風の矢避けの結界を弱く張って周りの男達へ宣言します。
風に煽られて彼と周囲の男たちが後ろへと後ずさる。
彼を守るように後ろへ控えていた男が彼の前に出てくる、
その男がアイに向かって言う。
「侍女殿、荒事に成ればお嬢様が怪我をするかもしれません、ここはおとなしくあの場所へ来ていただけませんかな。」と王宮を指さして言う。
「決して無体な事はしないとお約束します。」と男の後ろに庇われている彼が言う。
一発触発の場面に成ってしまいました、ここは私が妥協するしか無いですね。
「王宮では無くて、あのカフェならお話してもよろしいですわ」
広場を見回して椅子とテーブルが出ている道路から真正面の奥にある大きな建物の前にあるレストランを指さす。
「それにお昼までには帰らなければなりませんの、それでよろしければお話をさせていただきますわ」
笑い顔は攻撃するための戦いの顔と聞いたことがあります、笑顔で彼を見上げます。
「我が家への招待は断られてしまいましたか、それでもお話をしていただけるのはありがたいことです。」
彼も妥協してくれました、意外に私達の実力を理解しているようです、正体がばれているのでしょう。
「カフェまで、エスコートさせて頂いてもよろしいでしょうか。」
と手を差し出す。
彼の方から折れてくれたようですので、エスコートぐらい仕方が無い事です。
彼の手を取り、今度は恭しくカーテシーをする。
彼は私の手を取ると深くお辞儀をして名乗る。
「私はこの国の王位継承者皇太子のエドワール・パスト・エルルゥフ・ダキエともうします。」
「カスミ・ヴァン・シルフィードです」彼の名乗りに応えて言う。
お互いに自然に立ち上がる。
エドワールと名乗った彼もやはりとでもいう様に頷くと、エスコートの姿勢に持って行く、私もエドワールの左の腕に手をやって大人しく彼にエスコートされる。
身長差があるので、彼の腕にぶら下がっているように見えるかもしれませんが、無視します。
エスコートしながらエドワール皇太子が話しかけてくる。
「カスミ姫、お互いに譲れぬ立場があると思いますが、話せる範囲で良いので先ほどの話を聞かせて下さい。」
「”乗船資格を得た者”とエルフの証については国家の機密事項ではありません、知る人が知っていると言うだけの昔話です、お話しても良いですよ」
その後はカフェの席に着くまで無言で歩いた。
カフェの席は男達の一人が先にカフェに知らせていて、周りを警護の男達が取り囲むように座り、その真ん中に私とエドワールの席が対面にセッティングされている。
私の椅子にはちゃんと足置きの台が置いてある、エドワール皇太子の側近に気が利く者が居るのでしょう。
アイが引く椅子に私が座るまでエスコートしてくれた後、エドワールも対面に座る、彼の後ろには先ほど皇太子をかばって前に出た男が控えている。
「お話を聞かせて貰うのに何もお出ししないのも無作法と言うものです、ここは私にお任せ願いませんか?」と言ってくる、美味しい紅茶が飲めると期待しても良さそうですね。
「紅茶が好みですわ」と言って見る。
「では私はコーヒーにさせて頂く。」と慣れた様子で飲み物とお茶請けの焼き菓子を近寄ってきた店員へ注文する。
王宮から近いし、良く来るのだろう店員も慣れた感じで対応している。
店員が立ち去ったのを確認して、此方に笑顔を向けながら話しかける。
「カスミ姫、先ほども言いましたが話せる範囲で良いので2つのお話を教えていただきたい。」
「ええ、よろしいですわ」
「でもその前に一つお聞きしたいことがありますの」
とエドワール皇太子を見つめて言う。
「おや、それは何でしょう?」と不思議そうにこちらを見る。
「お名前の最後に名乗られたダキエと言う昔の国の名前ですわ」
「やはりエルルゥフの名前と同じにエルフの姫の家名からですか?」
ヴァン国の前の、樹人の国の名でダキエは千百年前に滅びました。
私の質問を聞いた後、エドワール皇太子はしばらく黙ってしまった。
店員が紅茶とコーヒーにお茶菓子を持ってやって来て、テーブルに置いていく。
それを見てやっとエドワール皇太子は言葉を出した。
「いや驚きました、ダキエはビチェンパスト王国の王族が代々引き継ぐ名前の中でも女性が婚家へ行っても1代限りで名乗る名前なのです。」
「あなた達の歴史は人族には伝わって無い事が多いのです昔の国の名と言われたが、やはりエルフの国なのですか?」
「はい、ダキエは今から1千百年ほど前に滅んだ樹人が治める樹人達の国でした」
「ダキエとは”大樹の加護厚き樹人の国”と言う意味が在りますの、この樹人とは神樹に住む人の事で妖精、エルフ、ドワーフを言います」
「そうでしたか、それはそうと失礼しました、飲み物をどうぞ、お茶菓子にここの店の名物でトロフーレと言って木の実を蜂蜜や砂糖、小麦粉と混ぜて練った生地を焼いたクッキーです、私はこれが好きで良く食べに来るのですよ。」
どうぞと食べる様に進めてくれるので、一ついただくと木の実と蜂蜜の甘さの塩梅の良さがサクサク、コリコリとした嚙み心地と合わさって癖になる美味しさです。
「まぁ、とても美味しいですわ」と思わず感想を漏らしてしまいます。
熱い紅茶を飲みながらトロフーレを味わいます、ゆっくりと至福の時間が流れていきます。
この出会いは周辺に大きな影響を及ぼしていきます。