第10話 船を造ろう(6)
今回は、この名もない世界の今の背景にある歴史的な物の説明です。
宿に集合した私達はナミが帰るのを待って、家(神域の部屋)の食堂で話し合いをします。
「カスミ、先ず私達に分かるように説明してくれないか」と姉ねがレリーフから始まった一連の騒動を説明するように迫ります。
「私がレリーフに描かれたビンコッタ海戦の船に興味をもったのが始まりです」
「そこでたまたま出会ったエドワール皇太子との話がこの騒動の全てです」
「傍から見ればただお話しただけです」
「でもお話はあの宙に浮く男の設定が絡むのでしょう」と妹が言います。
「そうです、その設定が今回の騒動の一番の原因なのです」と怒りを込めて言います。
「私の生い立ちを説明しますね、私は妖精族の先王の次男と現王の長女の間に生まれた一人娘です」
「そんなに血が近くても結婚できるの?」と妹が聞いて来ます。
「はい、兄妹間ではできませんが、叔父姪の間ではできます」
「そして私が6歳の時、事故で両親が死んでしまいます」
「これは実際にそのような事故が有ったのか、それとも両親はあの男(宙に浮く男)が捏造した実在しない人なのか分かりません」
「事実はどうあれ、私はあの男(宙に浮く男)によってこの世界で妖精族の姫として存在するようになったのです」
「そして両親を亡くした幼子を引き取って育ててくれたのがハイエルフの養母様」
「マーヤニラエル・イスラーファ・アリシエン・ジュヲウ・エルルゥフです」
「養母様はヴァン国を作られた時ダキエの名を捨てました、妖精族のヴァンを国の名とする為だと聞いています」
「マーヤニラエルは彼女の先祖の名前を貰ったものだそうです」
「イスラーファとは彼女の母の名です」
「アリシエンは意志を継ぐものという意味です、そして秘する名前になります」
「ジュヲウは宇宙樹船船長一族を意味して当代の長は船長となります、この名も秘する名になります」
「エルルゥフはエルフ系の乗船資格を得た者を表します」
「ハイエルフの長にして次代の宇宙樹船船長のことです」
「そして、聖樹の実を植えて実生まで育てる役割を持ちます、これはハイドワーフも同じです」
「そして私の名前ですけど養子に行ったので最初の名前から変わりました」
「カスミ・ヴァン・シルフィードが妖精族としての公式な名前ですが養子先の名前が追加されて」
「カスミ・マーヤニラエル・ヴァン・アリシエン・ジュヲウ・シルフィードです」
「そして最後のシルフィードは、秘する名前の時は”宇宙樹に住む者”の意となります。」
「名前から察しているでしょうけど、宇宙樹は生きた木の宇宙船です」
「その宇宙樹船に妖精族、エルフ族、ドワーフ族の樹人と言われる人達が乗り組んで恒星間を渡ってこの太陽系にやってきたのです」
「それってすごいよ!ファンタジーを越えてSFだよ!」とカスミちゃんが飛び上がって喜んでいます。
妹よ、はしゃいでも宇宙へ飛び立てるのはまだ先の事ですよ。
「この大地へとたどり着いた彼等は、根の一族と呼ばれる人たちと一つの誓約を取り交わします」
「この地で実生から育った聖樹が再び天が海へと飛び立つ時、聖樹に乗れるようにする」と言うのが誓約の内容です。
「根の一族とはネーコネン一族の事で、ネの尊族と呼ばれていますね」
「ネの一族は誓約を書いた誓約書を持っているそうです」
「宇宙から来た人達は、根の一族だけに誓約したのではなく人族全てに誓約したのですけどね」
「帝国のネの尊族がカスミの養母様と関係してるって何なの?」
一息ついた妹が帝国の話が出てきたので突っ込んで聞いて来ます。
「それについては詳しくは知らないのです、ヴァン国大使館で調べた中にネーコネン一族がマーヤ母様に千年前からヴァン国から出て帝国に来るように誘っているとあっただけなのです、マーヤ母様にその辺の事情を聴けばわかる事だと思います」
「レリーフのエルフの女性についても分かるの?」と妹は鋭いですね。
「ええ、マーヤ母様の母親なのですから知っているでしょう、私はマーヤ母様の両親は無くなったと聞きました」
「イスラーファ義祖母様が妖精族からエルフへ嫁いできた事とか、2人目の子供を産んだ後亡くなったぐらいしか聞いていません」
「えぇと、その養母さんの父親ってビチェンパスト王国の最初の王様なの?」今日の妹は鋭い切り込みをしてきますね。
「いえ、違います、マーヤ母様の話ではエルフの父が無くなって、母親が逃亡中にマーヤ母様を洞窟の中で産んだと聞いています」
「じゃぁ、ビチェンパスト王国に捕まった時は子連れだった分けだね」と姉ね。
「そうなると思います、ビチェンパスト王国からの逃亡中に産んだとは今日のエドワール皇太子の話から思えませんから」
「しかし、逃亡中に赤ん坊を洞窟の中で産んだとはイスラーファさんに何があったんだろうね」姉ねもびっくりしたように聞いて来ます。
「私の王族の記憶でも詳しくは分かりませんが、聖樹が火災を起こして燃え尽きた事件がありました」
「恐らく、ダキエ国内での権力闘争があったのでしょう」
「そしてダキエが滅んでしまいます、宇宙から来たほとんどが一緒に無くなりました」
「今ではエルフ以外は人口も少なくなりました」
「エルフの宇宙樹船船長を務める一族をハイエルフと呼んでいます、今は1人だけです」
「妖精族も司祭長と呼ばれるハイシルフ達が昔は居ましたが、今はいません」
「ドワーフ族にも大魔具師と呼ばれるハイドワーフ達が昔は居ましたが、今はいません」
「え、それって国が亡ぶよりもっと大変?」妹が起きた出来事を理解でき無いのか私に聞いて来ます。
「その事件で、エルフは聖樹から離れて住んでいたので生き残りましたが、ハイエルフは養母様たち母子だけになりました」
「生き残った妖精族は数が少なくなり、妖精族だけの村を作りそこから外へ出なくなりました」
「ドワーフ達はもっと大変でした、生き残ったのは子供しかいなかったのです、彼等はドワーフ族を増やすため積極的に外へと出る様になりました」
「宇宙樹と共に宇宙を越えて伝わった全ての知識と技術も失われたそうです」
「それはまたとんでもないことになったね」と姉ねが呆れたように言います。
「マーヤ母様も大変だったとしか言ってませんでした」
「まあね、赤ん坊だったんだから、その時に知ってる訳ないね」姉ねも察してはいるようです。
後でイスラーファ義祖母様にでも聞いたのでしょう。
「それと宇宙樹ですが、今ヴァン国には3本幼木が植えられています」
「全て養母様が種を持っていて、ヴァン国を作られた時植えられたそうです」
イスラーファ義祖母様が逃げる時に持って出たのでしょうけど、大きくなったら宇宙船になる木ですか、一体どんな種だったのでしょう。
「種って、宇宙樹って本当に木なんだね」と妹。
最初から生きた木だと言っていますよ。
話疲れたので、一旦休憩します。
アイが紅茶を入れてくれます、ナミの作ったリンゴのパイがお茶菓子として出てきました。
皆でお茶かコーヒー、妹はミルクで一時の憩いの時間を過ごします。
あまりにも衝撃的な記憶だったので、私も時間を置かないと混乱した印象しか持てないのです。
この話はしばらく混乱が落ち着くまで放って置きましょう、其の内もっと落ち着いた時にでも記憶を整理しましょう。
混乱した記憶の整理も大事ですが、もっと大事なのはあの宙に浮いた男の設定が何故こんなに身につまされるような気持ちを引き出すのでしょう、あたかも私が記憶通りの成長をして来たかのように。
一つ疑問があります、あの宙に浮く男があの時6人の前で話した後、私は2人のカスミが入れ替わりながら対応していくのを見ていた記憶が在るのです。
なぜ2人を見ている私が居るのだろう?
私達は2人が1人になったはず、でもそれが違っていたら?
私達は、3人が1人になったとしたら?
では、3人目の私は誰?
それがカスミ・マーヤニラエル・ヴァン・アリシエン・ジュヲウ・シルフィードなら。
この名は養母に引き取られた時に新たに名付けられた名でした。
そして魔術師として一人前となった証の旅立ちの時、妖精族の王族として旅をする名目で名前だけ元に戻したのでした。
その名前の変更をあの宙に浮く男が利用したとしたら、納得できるような気持になりました。
あの宙に浮く男は実在する事まで改変など出来ないのです、精々記憶をいじる程度です。
それが証拠に私に対しては記憶の改変など一時的な物しか出来ずに、ただ記憶を思い出せないようにすることぐらいでしか対応出来ていません。
時間が立てば今回の様に記憶が戻って来るでしょう。
そしてマーヤ養母様が私を養女にしたのはもちろん両親を亡くした私を哀れんだことがきっかけでしょう。
でも他にも思惑があったと思います。
それは私が妖精族だからこそ出来る事が在るのです。
3人のカスミが全てそろいました。
ヴァン国へ行くまでに必要な背景としての生い立ちの暴露です。