第9話 船を造ろう(5)
カスミの過去がわかってきます。
私が紅茶を飲み終えるのを待ち、自分もコーヒーを飲み終わると、エドワール皇太子が再度話しかけてきます。
「ところで最初の話なのですが、エルルゥフの名前もダキエ国と関係があるのですか?」
「はい、ダキエ国は樹人が治める国でした、今のヴァン国の前に在った国です」
「その国の王族にハイエルフがいましてエルルゥフ・ダキエとはハイエルフが先祖の由来と家名として名乗っていた名前です。」
「エルルゥフは先ほどの話では何かの資格と聞こえたのですが?」とエドワール皇太子が聞いて来る。
「はい、エルルゥフとは”乗船資格を得た者”に対して名乗る事が許された呼び名なのです、名乗る人は樹人ではエルフ族しかいないので自然とエルフ族の証となるのです」
「樹人以外でエルルゥフと名乗る事はあるのですか、人族とか?」自分も名前にエルルゥフが在るエドワール皇太子としては気になるところでしょう。
「樹人以外のエルルゥフについてお話するには、一つの神話を知っていただくと理解しやすいでしょう」と私、ヴァン国の王族の記憶は一度思い出すと溢れる様に湧いてきます。
「聖樹又は神樹と呼ばれる一つの樹木が在ります、ヴァン国の神話では5万4千年前に天の海を越えてこの地にやってきたとされています」
「聖樹はこの地に降臨され大地に根付きます、1年後聖樹が芽吹きます」
「この時をヴァン国では聖樹年の始まりの年としていますの」
「そして、天の海を越えてこの地にやってきた聖樹こそ妖精族、エルフ族、ドワーフ族が乗ってきた木なのです」
「妖精族、エルフ族、ドワーフ族の3種族を樹人と言っているのはそこから来ます」
一旦話を止めて、エドワール皇太子を見ます、彼はこの神話は知らないようです、熱心に聞いています。
「神話にはこの地に根付く者として、根の一族として人族が出てきます、帝国のネーコネンの由来名にも関係する名称ですわ」
「神話では根の一族とよそ者である妖精族、エルフ族、ドワーフ族が話し合い、新しき聖樹が天の海へと船出する時、根の一族にも乗船資格を与え乗船できることになりました」
「その対価に北の地にダキエ国を建国する事を認めたと在りますが」
「神話の続きでは北の地には誰も住んでいなかったので、根の一族はだれが住もうと関心さえ持たなかったと在ります」
「根の一族には天の海へ行く聖樹の乗船資格など意味が無かったのでしょう」
「でも人族も乗船資格を持つことになりました、此れを誓約と言います」
「エルルゥフとはエルフ系の乗船資格を得た者が名乗る名前です」
話し終わると、エドワール皇太子に向かって「これで終わりです」と語り終わったことを告げた。
「面白い、実に面白い話だ。」とニコニコと笑顔を向けて面白いを連発します。
「では、我が子孫は将来聖樹に乗ってあなた達の子孫と共に船出することが出来るのですね。」と実に嬉しそうに言われる。
「はい、今の幼木が天の海へ行ける様になったらですね」と訂正して上げる。
少し戸惑ったような、意外な事を聞いたと言った感じでこちらを見たエドワール皇太子は「幼木だって?そうかそうだね、新しい聖樹に乗ってでしたね。」と少し呆然とした様子で独り言のように話すと、気を取り直すように最後に残った一番最初の事を話しだす。
「では、あなたにあのレリーフの女性についてお話しましょう。」
「このエルフの姫の血が連綿と私まで受け継がれているのが、この国の王族の誉なのです。」
「名前は伝わっていません、と言うより名乗らなかったようです。」
「ただ妖精族からエルフに嫁ぎ、嫁ぎ先が滅んだため名を無くしたと。」
「その為ダキエの姫と呼ばれていたそうです。」
「ただ、生まれた娘に付けた名前が残りました。」
「マーヤニラエル・イスラーファ・エルルゥフ・ダキエと。」
「エルルゥフを私達は単純にエルフの名だと思って・・・どうされました!」
その瞬間私は真っ青になっていたかもしれない、告げられた名前は現ハイエルフの長にして私の養母様の名前だったのです。
私は一身に『これは設定だ、これは設定だ』と唱えていました。
(カスミだいじょうぶなの by妹)
(どうした、尋常じゃないぞ by大姉)
アイを含めて、周りの人たちが顔色を無くした私を気遣って、私が気を取り直すのを待ってくれます。
やっと気持ちを整理できた私は、エドワール皇太子に言葉を選びながら話します。
「エドワール皇太子様そのお名前は、帝国のネの尊族が千年の時を越えて待ち望むヴァン国のハイエルフの長にして王のお名前です」
「知っている人は知っているのでしょうが、秘するべき名前なのです」
「そして、私の養母様でもあります」
私は6歳の時両親に死に別れました、その時引き取ってくれたのが養母様です、彼女はミエッダ・アース・カゥンを紹介してくれて学ぶことを進めてくれたのです。
そして彼女から引き継ぐ隠された名を貰っています。
アリシエン(意志を継ぐもの)・ジュヲウ(宇宙樹船船長一族)ですから私の正式な名前はカスミ・マーヤニラエル・ヴァン・アリシエン・ジュヲウ・シルフィード。
この場合シルフィードは(宇宙樹に住む者)の証となります。
気が付くとエドワール皇太子と話し始めて1刻以上たっています。
私は、エドワール皇太子に立ち去る事を告げ、宿へ帰る事にします。
「エドワール皇太子様、長々とお話をしてしまいました、楽しくも刺激的な時間でしたわ」
「待ってくれ、カスミ姫、もう一度会えないだろうか、今の話ではまだ話したりないのです。」
少し考えます、このまま突き放すことは皇太子に過激な対応を取らせてしまうかもしれません、安全弁は付けるべきですね。
「はい、私が船でビチェンパスト王国から出る前に、必ず王宮へお知らせして、貴方様の都合の付く場所でお会いいたします」
「ご存じと思いますが、帝国での事、その起こりの火球砲と帝国の大砲と呼ばれる似た性能の武器についてもお知らせしたい事がありますので」
養母様とこの国との関わりを考えると、帝国の大砲に付いて教えるのが良いと思います。
「船が出来れば火球砲の試射をお見せできるでしょう、それまでお待ちください」
約束を交わした後、礼儀もそこそこに宿へと急いで帰ります。
もちろんエドワール皇太子が付けた影が付いてきていることは十分承知しています。
レタも私を心配して、商談を途中で切り上げて宿へと向かっているそうです。
ナミは船が修理されている工房を調べるそうなので、そちらへ向かっているそうです。
カスミ達の最大の秘密がそろそろ出てきそうです。