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温室でお茶でも

父侯爵が分かりやすく席を外せと言ってくれたのでドミニクはセリーヌ嬢にエスコートを申し出た。


「では、ご一緒に参りましょうか。お手をどうぞ。」

「ええ、よろしくお願いします。」


2人の夫人も学生時代に面識があったらしく旧交をあたためるということで席を外した。

応接室の当主組、別の応接室に向かう夫人組、新婚約者組と別れることになると下々は大変だ。

各人がセレブであり、随時お付きが複数人いる。

また、向かう先での準備もあり使用人は見えない所でてんやわんやの大騒ぎを繰り広げていることだろう。

歩き出す前にドミニクは使用人に温室でお茶の用意をしておくように申し付けていた。

使用人に時間を与えるのと同時にセリーヌ嬢の優雅な歩みに合わせて簡単に邸内の案内をしながら温室に向かう。

走ったら5分で着くところだが20分以上かけて温室にたどり着いた。


道々、考えていた。

父は「もてなせ」と言っていた。客人としてもてなせということだろう。

事前の話が無かったことから急な婚約であったことが伺える。

父の苦虫を噛み潰したような表情ーー格上からの要望に嫌とは言えないのが貴族である。

婚約者といっても実際に婚姻するかは今のところ未知数というところだろうと算段をつけ、セリーヌ嬢とは距離感を適度に保って接することとした。


「こちらが我が邸の温室です。」


庭園へと続くテラスの一角に造られたガラス張りの温室の扉を開けてセリーヌ嬢を(いざな)う。

中には冬の最中(さなか)にもかかわらず色とりどりの花々がガラス越しの陽光を浴びて咲き誇っていた。


「まあ!素敵ですね。」


心からの感嘆の声をあげた淑女は確かに乙女らしいと感じられた。

温室の中程に白いテーブルと椅子2脚が向かい合わせにセッティングされていて茶菓子が用意されていた。

ドミニクは恭しく椅子を引いてセリーヌ嬢を腰掛けさせてから向かい側に座った。


「アレを」


お付きの侍女に指示するとセリーヌ嬢に蒸されたタオルが手渡される。

屋内は比較的暖かいが底冷えのする冬の寒さは指先を凍らせる。

常春のような温室で凍った指先まで温めてくれる気遣いが嬉しい。


「こちらは?」

「おしぼりと言います。我が侯爵家ではこれで食事の前に手を拭います。」

「なるほど。清潔にされているのですね。」

「気持ち程度ですがね。気分良く食事がとれるので健康にも良いはずですよ。」


---


ドミニクは転生チートなどに興味は無かったが、手洗いの習慣が無いのだけは許せなかった。

トイレに行ったそのままの手で食事するなんて有り得ない。

そして前世からのこだわりもあった。

蒸したおしぼり好きであったのだ。

それを求めて昔ながらの喫茶店に通っていたこともある。

愛人を勧められた10才の頃に使用人と試行錯誤して作った蒸したおしぼりを食事の前に出させ、不審がる両親に熱心に使用を勧めた。


「ドミニク、これは何かな?」

「おしぼりと言います。

これで手を拭ってから食事をすると不浄のものを不用意に身体に取り込むことがなくなって病気に罹りにくくなります。」

「なるほど。それは分かったが今お前は何をしている?」


ドミニクは顔を上向けて蒸したおしぼりを閉じた目蓋の上に置いていた。


「父上もやってみてください。疲れがとれますよ。」

「…うん?これは…いいものだ。」


「やめなさい!はしたない!」と言って眉を顰めていた母も父侯爵が認めてしまっては強く言えなくなってしまった。

その後、蒸したおしぼり愛好仲間となった執事がこっそり教えてくれたが母も自室で試したらしい。

次の日からは父子で食事前におしぼりを目蓋の上に載せる習慣が出来ていた。

そのうち父も母も食事に関係なく執務や刺繍で疲れた折に要望するようになったとか。

金がかかるものでもないので使用人にも愛好者が増えていった結果、侯爵邸に大きな蒸したおしぼり専用器具が造られるのに時間はかからなかった。


---


セリーヌ嬢と温室で和やかに歓談している間に婚約の手続きが終わったらしく応接室に呼び戻されて、共に15才で入学することになる貴族学園卒業後の18才で婚姻することになったと説明を受けた。

それまでは月1ペースで互いの邸を行き来して交流することが決められた。

絵に描いたような政略結婚であるが、別に想い人がいるわけでもないので異存はなかった。

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