貴族の事情
憧れのセレブの生活!なんて浮かれたのは幼児の頃だけで、長ずるに連れて楽じゃないことを思い知るようになった。
金髪美女の母親とは産後のベッド以降はしばらくお別れとなり、年若い乳母に育てられることとなった。
赤子と死別したばかりの乳母は使い道のない母乳が出るし行き場のない母性本能も備えていて需要と供給が合致しているのだ。
少し困るのは前世のオジサンの気持ちを引き摺ったままのスレた赤子であるドミニクが授乳のたびに後ろ暗い気分を味わうことだった。
なにせこの世界は美男美女ばかりである。
(赤ちゃんプレイ?プレイじゃねーよ!赤ちゃんだよ!)
育児は乳母に丸投げといっても貴族には当たり前らしく、たまに顔を見にくる両親はいつも笑顔であった。
乳離れしてハイハイから掴まり立ち、伝い歩きからの二足歩行まで進化したところで乳母とは涙のお別れとなり自室でひとり寝るようになった。
…が、
(気配!常に気配がするんだよ!)
傅かれるというのはこういうことかと。
扉を隔てた向こう側から様子を伺われているのがヒシヒシと伝わってくるのだ。
自室でウッカリ物を落としても不用意に独り言を呟いても扉の向こう側から確認されてしまうという生活はかなり辛い。
ドミニクは前世の記憶がなければ当たり前のこととして受け入れられただろうかと疑問に思うのだった。
(まあ、コッチは生活でもアッチは仕事だからな…)
真面目に働いてくれてると思うと文句も言えないところが前世小市民。
ドミニク10才のある朝、とうとう密かに恐れていたことが現実のものとなってしまった。
寝ている間に下着を汚してしまっていたのだ。夢精である。
生理現象である。もう一度言うが生理現象である。
朝、目を覚ますとすぐに気配を察して侍女が身支度を手伝いに来る。
その日も例外ではなく…
「下着を汚してしまった。湯浴みをしたい。準備を頼む。」
「かしこまりました。」
ドミニクは表情を変えずに言い切った自分を誰か褒めてと思ったが、軽々その上を行く侍女の平常運転に内心震えあがったのは秘密だ。
その日の夕食ではドミニクの好物が出され、両親の機嫌がすこぶる良かったのは偶然ではないだろう。
嫡男に精通が認められたことは慶事には違いない。本人以外は。
前世よりも早い思春期の到来に今の自分の恵まれたスペックを思い出させられる。
10才にして175cmを超える身長である。
180cm以上になることは約束されたようなものだ。
前世では最終形態でも今より若干低く、それを気にしていたのだ。
体型もスリムで手脚も長い。肌は真っ白。輝くような金髪に透き通るような青い瞳。
完全に金髪美女の母親似である。
美男美女の世界にあっても際立つ美少年であった。心はオジサンの小市民のくせに。
思春期のお悩みは身体を動かせば大抵のことは解決するはずと剣術や体術の鍛錬に精を出すようになった。
これらを教えてくれる護衛騎士がアニキ的立ち位置になるのは当然かもしれない。
「坊ちゃん、辛くありませんか?」
「辛くはないな。鍛錬は好きでやっているんだ。」
「えーと、そっちじゃなくてですね…あーなんていうか、モヤモヤして寝つけない夜とかないですか?」
「…」