転生先は侯爵家
彼はサラリーマンだった。
温かい家庭を築き、一流企業で管理職のポストを得てこれからという時に病に斃れた。
そして目を覚ますと見慣れた病室の青白い天井と清潔ではあるが薄ら寒い掛け布団の代わりに、
見事な筆致の装飾的な天使の壁画が見下ろす暖かな室内の大きなベッドに横たわる金髪美女の腕の中で赤子となって身動きがとれずにいる自分を発見したのだった。
(生まれ変わったのは把握したが、イキナリ赤ん坊では強くてニューゲームとはいかないよな…)
侯爵家嫡男ドミニク・マリオンの誕生である。
マリオン侯爵家は名家であり領地貴族家の筆頭という家柄である。
先王の時代、父はまだ若く祖父が侯爵として王家を頂点とした王宮貴族家と渡りあっていた。
領地貴族家への締め付けが度を越して酷かったのだ。
先王が入れあげた側妃が奢侈に耽ったため無駄に税が搾り取られていた。
側妃は当時の宰相の庶子ということになっていたが凄腕の娼婦であったという噂のある妖艶な美女だった。
側妃は有り得ないほどの贅沢をしていたが宰相家にもかなりの金が流れていた。
宰相は領地持ちからは搾り取ったが政務を行う王宮貴族の一部に金を還流させて味方につけていた。
耐えかねたマリオン侯爵が中心となって密かに調査した結果、
側妃が国王に禁止薬物を盛って骨抜きにしていたことが判明した。
側妃は宰相ともども処刑され、国王は強制退位となり正妃腹の王子が即位した。
汚職に関わった家は潰され、見て見ぬふりをしていた家に表向きの咎めはなかったが、
王宮での職を追われたためほどなくして没落した。
結果、王宮貴族家は前宰相と対立した家々だけが残った。
これをもって汚職は一掃されたのだが、領地貴族家の王宮貴族家に対する不信は根深く、対立構造は世代が交代しても存在していた。
この領地貴族家筆頭の家の嫡男がドミニクである。
(…重いぜ!)
父侯爵、バティスト・マリオンは栗色の髪に榛色の瞳の精悍な男でワイルドな見かけとは裏腹の老獪な政治家である。
母侯爵夫人、クリステル・マリオンは金髪青目の生きたビスクドールといった風情の人間離れした美女で、所作や言葉使いも含め完璧な貴族女性である。