表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

スタン



「エリザベス・ヴァンペルト、私と結婚しろ。」


ダッシュでAクラスの魔法練習場に向かう道すがら、校舎内で壁ドンを見た。


流石、女性向け漫画の世界と言いますか、週の初めからカロリー高い出来事起こるじゃん?


ーーって、早いよ!結婚て!まだ1週間だぞ!?


しかし、貴族同士は何かしらパーティとか、社交会とか、サロンとかなんかそんな感じのアレで繋がりを持つものだと悪役令嬢転生漫画でよく書いてあったぞ、とリアの記憶が囁く。


ソフィアとハルンハルト王子もそうだ。

だからこの2人が入学前からの知り合いでもおかしくない。

もしかしたら2人は幼馴染なんだけど、女子の方にクラスメイトが近づいてヤキモチ…的な。


幼馴染設定はとても良い。主従と同じくらい良い。


リアは注意深く耳を澄ます。


「まだ、知り合って1週間ですわよ!?」

「1週間有れば充分であろう?」


ーーいや、早いよ!!!


心の中で驚きの声を上げるリアだが、マリーと出会った翌朝にちょっと人には言えないエッチな夢を見て、魔力の暴走を起こしたため、ここに居る。


「エリザベス、お前はいつも笑顔だ。」

「ええ、そう心掛けております。」

「ん、良い心掛けだ。誰もがそう心掛けるが実際、容易い事では無い。それができる者は真に強い。だからお前を妻としたい。」


笑顔を引き攣らせて、女子学園生は壁ドン男から距離を取る。


「とにかく、早すぎると思いますの。」

「そうか、しかし、ヴァレーリ家と繋がるはそう悪い事では無いぞ。考えておいてくれ。」


そう言って、カベどんは長い尻尾のような長髪を翻して去っていく。


赤い髪の【ヴァレーリ】。


ーー私がプレイヤーならコントローラー投げてる。


オレサマ野郎は嫌いなリアである。


しかし、悪役令嬢転生といえば、攻略対象は全員悪役令嬢に恋するものだと思っていたが、驚きだ。


残された女子が、「見てた?」と訊きたげにリアの方を見てくる。

その、恐る恐る、という表情に見覚えがある。Aクラスの人だから、ではなく。


「あれ、以前、上の部屋に住んでらした…?」

「そうです!思い出して頂けましたか、リアさん?ごきげんよう。」


妙な所で繋がるものだ。

体操着でカーテシーが空振りし、エリザベスは「あら」と、照れ笑いする。


「エリザベスさんて仰るんですね。」

「ええ。長い名前でしょう?エリーで宜しくてよ。」


なんともフレンドリー。

笑顔が可愛い。


「マリーとミリィがいるので、ライザかベッツィは?」

「それでしたらライザが良いかしら。ベッツィもイーって伸ばしますから。」

「あ、本当ですね!」


ふふふ。

本当にフレンドリー。


C組の貧乏田舎貴族は「私は貴族だぞ!ぷんぷん」という感じだから、それと比べると、確かにその通り。

カベどんの言う通り、エリザベスは強者の余裕を纏っている。


ところで、御令嬢という生き物は背筋を伸ばし、華麗な足捌きでスタスタ歩く。エリザベスもそんなに背が高いわけでも無いのに、足が速い。

令嬢は、みんな歩くのが早い。


「変な所を見られてしまいましたわね。」


困ったようにエリザベスが笑う。

笑顔だが、困った"よう"では無く、本当に困っているのだろう。


素直に困ったと言えば『自慢か』と言われ、本当に困っていると言えば『身の程知らず』と言われ、逆に私なんかが、と謙遜しても『慇懃無礼』と取られかねないから、曖昧に微笑んでいる。


…と、いうのが、リアの解釈。


カイオン・ヴァレーリという男。

自分の行動でエリザベスが被る迷惑が分からなくてもタチが悪いし、分かっていてわざと逃げ場を奪っているならもっとタチが悪い。


ーーソフィア様曰く油断ならない人物って事だから、後者なんだろうな。


「まあ、ああいう強引な男、私なら御免ですがね。ライザ様は?」


エリザベスは、うーん、と唸る。


「相手による、というのかしら、……ほら、誰にでも"見た目の好み"って多かれ少なかれ、ありますでしょう?」

「うわぁー…なるほど、それは如何ともし難ぁい。」


リアは思わずニヤついた。

イケメン滅ぶべし。特に背が高い奴。


エリザベスの好みにちょっと興味があったが、聞けぬまま、練習場に着いた。




現在、授業で取り組んでいるのは、日替わりで相方を変えながら、ペアを組み、お互いにどんな魔法を使うのかを見せ合う、というものだ。

上手い人の魔法を見ると、同じ魔法が使えるようになる事があるらしい。



そして。

カベどんとペアになった。

カベどんは腕を組み、身長差から真っ直ぐにリアを見下ろして来る。


ーー苦手意識がすごい。


「リアです、宜しくお願いします。」

「ん、光の魔法使いだな。私はカイオンだ。炎を使う。お前も炎を使うな?」

「まあ、そうですね、はい。」

「見せろ。」


ーー偉そうだな。実際偉いんだけど。


それにしても偉そうである。

聖剣ハダカ出刃包丁に火をつけて威嚇したいところだが、あいにくハダカ出刃包丁はクラスのみんなとのタイマン自己紹介一周目が終わるまで持ち込ませて貰えないので、地面の砂を掴む。


「アマテラス!」


…実は去年、クマが大量発生した。


山から降りてくる人喰いクマに向かって、地面の土でアマテラスを作って投げ続けていたらこの通り、詠唱が一言まで短縮できた。


「色も変えられますよ。」


基本色の白から、オレンジ色、赤、黄色、青と変えて見せる。これは詠唱無しだ。

紫系、緑系なんかも出来るが、これはちょっとした呪文を必要とするし、精度低めなので、特に見せはしない。


「ん。確かに私のとは少し違うようだ。」

「では、そちらもどうぞ。」


カイオンは静かに目を瞑り、詠唱する。


「炎の神よ私に力を。」


カイオンの体は一瞬燃え上がり、直ぐに鎮火し、炎は消える。



「エ、終わりですか?」

「その逆だ。」


ドン!!

カイオンの視線の先に爆発が起こる。

続け様に大小の爆発が次々に起こされる。


ーーそれ私が欲しかった炎のやつ!!!


唖然として、カイオンに嫉妬混じりの視線を向ける。と、リアの足元を指差す。


ボゴォ!


眼前に火柱が上がり、リアは驚いて尻餅をつく。

カイオンが赤から金色に変色した目でニタリと得意げに笑う。


ーーは?何、こいつ、シンプルに嫌い。


イケメンなだけで鼻につくのに、嫌な男だ。

こちとらヒロインだぞ。(ただし悪役)


しかし、


「お見事です、カイオン様。」


権力者には逆らわないに限る。


そして、もし、この能力を持っていたならば、リアには試したかった魔法がある。

それは、実際に可能な魔法なのか、どうなるか、見てみたい。

試して頂こう。


「もしや、手から炎を出して飛べたりとか、します?」


「こう、こんな感じで」と、リアは掌を地面に向けてピョンピョンとその場で飛ぶ。

表情は至って真面目である。

カイオンも真面目な表情で腕を組む。


「考えた事も無かった。やってみよう。」


カイオンは、直立したまま、地面に向かって掌から炎を放出する。

地面に当たった炎は広がり、ぶわりとリアにも届くが、他人を攻撃する意図の無い魔法からはダメージを受けない。

熱風に煽られながら、リアはカイオンの魔法に注視する。


ーーやっぱり、強い炎の魔法使いは火炎放射の方向や強度が自由に操れるんだな。


これが、攻略対象として存在する人間のスペック…。


ちなみに、ミリディの炎の魔法は"温風が出る"。


カイオンは火炎放射で15センチほど浮き上がって、ぐしゃりと落ちた。

それがどういうことか庶民のリアにも分かる。


ーーやべ。


そう、やばい。

貴族を跪かせたら。


リアは取り敢えず見下ろす状態にはならないよう、素早く膝を折る。


「大丈夫ですか!?」

「ん、問題ない。」


カイオンは手を上げて教師を、呼び、付き添われながら保健室に向かった。



【スタン】


魔法を起こすには、魔力を使う。


魔力は大地や大気や水、と言った自然の中に存在するエネルギーであり、魔法使いはこれを体に貯めることができ、当然だが使えば無くなる。


貯めておける魔力の量には、個人ごとに限界があり、枯渇する前段階として、ほんの一瞬だが、意識が途切れる。

"これ以上はまじで死ぬぞ?"という体からの警告ではと言われている。


それが、スタン。


ただし、容易に起きる事ではない。


人間の体というのは上手く出来ており、まず、使い続けても、魔力の枯渇が起きないよう、体が勝手に出力を調整している。


よって、魔力の最大保有量は魔法の威力の大小で凡そ判り、保有量が多いなら、威力も強いという事にもなる。


そして、自己防衛本能によってスタンを起こす前に通常、魔法は使えなくなる。


これが魔力切れ。

こちらの方が一般的だ。


スタンを起こすほどの魔法というのは、火事場の馬鹿力のような物だ。


スタン後、数分から、遅くて30分程で完全に意識を失う。


意識を取り戻すまでの時間は、どこに居るかで変わってくる。

学園都市で最も回復が早まるのは保健室である。


だから、カイオンは意識があるうちに保健室に運ばれたということだ。





「うわぁ気まずぅい」

「思っても言うものでは無くてよ。」


ソフィアがじっとりとリアを睨む。


カイオンが保健室送りになったので、お世話係のペアにねじ込まれたリアである。


「まあまあ。そう思うのは仕方ないよ。」


ハルンハルトがニコニコと人好しな笑顔でソフィアを諌める。


「そうですよ。ハルンハルト様が『折角婚約者とペアなのに邪魔者が来たなぁ』って目で見て来るんですもん。すみませんね、御夫婦水入らずのところ。」


ソフィアをハルンハルトの嫁扱いしてあげるとハルンハルトは喜ぶ。

リアの原作知識である。…恐らく。この設定はこの漫画で、良かった…はず。

ピンク色の頭をぺこぺこ下げる庶民にハルンハルト、にっこり。


「ハルンハルト様はそんな目をしませんし、婚約者でもありません!!」

「!?」


そんな目をしていたし、公式発表していないだけで実質婚約者だと思っているンハルトが真顔になる。


「不敬罪でしてよ!!」

「治外法権です〜ッ。」

「貴女が処刑されないのは学園規定によるのだから、逆でしょう!!」

「流石ソフィア様!痒い所に手が届くなぁ。」

「楽しそうだね、ソフィア。」

「楽しくないですわ!!!」


ソフィアが王子に向かってキレかけて、すん、と居住まいを直す。

悪役ヒロインと変な名前の王子はふふふ、と笑った。

ソフィアは悪役ヒロインだけ睨んだ。


「それにしても、カイオンがスタンするとはね。」

「ええ。あの出力の魔法使いなら魔力の最大保有量も相当でしょうに。」

「………。」



結論:手から炎を出すくらいでは飛べない。






貧乏田舎貴族「庶民!特別に私に勉強を教えさせてあげましてよ!ぷんぷん!」さ

リア「あ"ぁぁぁぁーっ!これこれ!!これですよ!!お嬢様は、高飛車じゃないと!!」

貧乏田舎貴族「興奮するな!気持ち悪いぞ!ぷんぷん!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ