いざ
「……そして、ドラゴンを倒して手に入れた土地に、王城を建てたという事です。」
「エ〜…それ、城が呪われたりとかしてないんですか?大丈夫なんですか?」
「…………」
家庭教師の先生にじっとりと見つめられた。
名をばナターシャ・クレインとなむいひける。
先生は、庶民出身の魔法使いで、学園生時代の成績は優秀、ここから馬で30分程の距離のところに住んでいるらしい。地味に遠い。
40過ぎの美女で、夫は一般庶民。子供2人もプレーンな庶民。
子持ちの既婚者という事で、残念ながらすけべハプニングはノーチャンスです。
今以って美しい先生は、若いころもやはりモテたらしい。
貴族に輿入れという道もあったが、子供が魔法使いになるのが嫌で、プレーン庶民と結婚したそうだ。
先日、家族4人で【父ちゃんの美人嫁ゲット飯】に来てくれたが、旦那さんは長身イケメンだったので、先生は多分面食い。
リアはそんな先生から、開店前の店の一画で歴史の授業を受けている。
「この国の有力貴族は総じてドラゴンを倒して手に入れた土地に住んでいると言われているわね。」
「事実ですか?」
「大貴族の当主がドラゴンを倒せる魔法と私兵を持っているのは確かだと、私は思うわ。アバルキナ家の先々代当主は庭に降りてきたドラゴンを氷の魔法で串刺しにしたそうよ。」
「まじですか?」
先生は、さあどうだかと言わずに、フン、と鼻を鳴らして肩を竦めた。
ーー先々代。ソフィア様の曾お祖父ちゃんか。そんな設定あったかな?
実はあった。リアがサラッと読み飛ばした部分である。
ソフィアの魔法の才能の裏付けとして、また、何故ソフィアとオルテスの親が娘の輿入れに躍起になるのかといえば、
・先々代の優秀さに対する当代のコンプレックスのためである
と、フレーバーテキスト的に漫画で説明されていた。
「この国でドラゴンの被害が出ないのは重要拠点を貴族が守っているからだとも言われているわ。これが事実かはわからないけど、お貴族様はそういう事にしたがるから、話を合わせておくのがベターよ。」
「先生、苦労したんですね。」
リアが気遣ったふうな言葉をかけると、「それなりにね」とため息を吐くナターシャ先生だった。
「貴族の魔法使いは、庶民とは違いますか?……その、強いですか??」
ええ、と先生は深く頷いた。
「庶民でも魔法が上手くて威力が強い、という人間はいるのよ。私もどちらかと言えばそちら側の人間だったと思うわ。」
記憶を手繰る様に、言葉を探す様に、先生はゆっくりとまばたきをする。
「二つ上にアバルキナ家の長子がいてね、化け物だったわ。いざと言う時、こういう物と戦うために集められて教育を受けているんだと気付いたら眠れなくなったわ。まるで、殺されるために学園都市にいるようでね。」
だから魔法使いと結婚しなかったのよ、と先生は遠い目をした。
「先生………、私、これからそこに行くんですけど…?」
「先生、応援してるからね。」
「せんせぇ………」
先生はただ、窓から空を見ていた。
【リリア】は頭がいいという設定だったが、それがリアにも引き継がれているのか、覚えは良く、16歳までに、歴史とマナーは何とかなったが。
リアは問いたい。
頭に本を乗せて歩く訓練など、人生で何の役に立つというのか?
さて、学園都市のクラス分けは入学時考査の結果で決められる。
という事で、
ーーごめんなさいナターシャ先生!!中心人物と関わって、ソフィア様の学園都市生活を邪魔して、嫌われたく無いんです!!!
くそほど手を抜いた。
ABCD、4組中下から2番目のCクラスになった。
AB<超えられない壁>C。そして読み書きから始まるDクラスとなるため、実質1番下のクラスである。
4組って…多くね??と思わなくもなかったが国中から集められていると思えば、少ないような。というところか。
教育の行き届いていそうな、田舎貴族やら地方の富豪も割合に多い気がしたので、手を抜かなくてもBクラス止まりだったかも知れない。
入学式典の前に、寮への引っ越しを完了しなければならなかったが、備え付けの家具をお借りすることにしたリアの荷物は【聖剣ハダカ出刃包丁】と、パジャマと、下着と小銭とちょっとした食料と私服くらいだったので、ギリギリまで両親と過ごした。
友達ができる自信は無いし、3年も俗世から切り離された後、社会復帰出来るかも心配だし、何より学園都市のご飯が父のご飯より美味しいとは思えなかった。
「でも美味しい食べ物があったらレシピきいてくるからね、お父ちゃん!」
「お父ちゃんはリアが無事に帰ってきてくれたらそれで良いよ…。」
「お父さんとお母さん、リアが帰ってくるの待ってるからね。」
「お母ちゃん………」
そしてリアは旅立つ。
学園都市の女子寮は、居住地フィールドに職員寮が1つ。学園フィールドの職員寮が1つ、学園生寮が3つ。
学園生寮は学年ごとに1つで、4クラスの女子が2棟の寮に分けられる。嘘か真か、寮の部屋割りは完全にランダムらしい。
中庭を挟んで北、南の2棟に分かれているが、入り口は1つで、実際はコの字型になっている。
寮の部屋は空間魔本で拡張してんの?くらい広い。
ベッドもソファーも置いてあるが、それでも広い。ハダカデバ包丁を存分に振るにはちょっと不安だけどまあ行ける?くらいの広さである。
その上かなりの広さの使用人用の部屋もある。
庶民には不要なので、部屋割りランダム設定が真実味を帯びてくる。
漫画の中で特に言及されていなかったが、水道的なものと、ガスコンロ的な物が備え付けられており、令嬢などはこれで使用人にお茶を淹れてもらうなどする様だ。なお、庶民は自分でやる。
風呂については、3階に大浴場がある上に個室にシャワーもある。
お貴族様めぇ………。感謝。公衆浴場が苦手なリアである。
ベッドの上に、名前の書かれた2つの包みがある。
1つは体操着、もう一つは男子の制服である。
自宅に採寸に来た仕立て屋さんが目を離した隙に、性別の欄を書き換えて男子の制服になるよう、改竄した。
「やってみるもんだな。」
仕立て上がった制服は上等な布にくるまれ、その上に名札を貼られ、配送中、「男子の荷物に女子の制服が混じってるぞ」なんてピンチに晒されるも、中身がバレる事なく無事、リアの部屋に届いた。
これこそ、リアの正ヒロインチート、強運である!
引っ越しから2日。
入学式典の朝、リアは真っ新な制服に袖を通した。袖も裾も過不足無いぴったりな丈の制服だ。
寮に入ってから数日履いて慣らした靴も良い具合。
式典は正装で、貴族や騎士・軍人等、自分用に誂えられた剣や、一族に伝わる宝剣の類があれば帯刀せよ、という事で、リトルスター家の"宝"丁【聖剣ハダカ出刃包丁】を背負う。
憧れのソフィア様に会える。
この学園都市で楽しみな唯一つの事だ。
深呼吸を一つ。
「容姿・改竄」
腰からロングスカートが伸びる。
この度開発した、寮のフロントをスムーズに抜ける為の光魔法である。光を歪め、あたかもスカートを履いているかの様に見せる。
熱を伴う発光、つまり火が出る系魔法を使うには媒体を必要とするが、自分の周りの光を歪める事は比較的簡単に広範囲に出来る。
ちなみにこれ、応用するとめちゃくちゃ夜目が利くので、夜に近隣の畑を荒らすイノシシ、カモシカの類を狩るのに便利。
フロントの人に挨拶して寮を出発する。
寮から離れた所でスカート偽装の魔法を解除し、式典の会場へは向かわず、ソフィアが居るであろう場所に淀みなく進む。
【ソフィア】は王子の事を諦めるために【リリア】と【王子】が出会うスチルを見に行く筈。
ーー私は男に興味が無いので敵では無い事と、転生者である事と、ソフィア様のファンだという事をお伝えして、……特に、王子との仲を応援している事をお伝えし………王子と両思いな事は教えても良いのかな?うーん………
途中、すれ違う人達と挨拶を交わしつつ、考え事をしながら歩いていく。
お嬢様が「ごきげんよう」って言うのは都市伝説では無かったらしい。
ーー両思いって教えたい。信じないだろうけど。人生いつ終わるか分かんないんだから、時間を無駄にしちゃいけな…
「い………」
人気の無くなった先に、スラリと背の高い少女の後ろ姿が見えた。
緩くうねる長い青い髪が、ゆらゆらと風に揺れている。
ーーー居た…!!!
飛び出しそうな心臓を押さえて、彼女に近づく。
「あの、ソフィア様、ですよね?」
少女が振り返る。
気の強そうな、ハチミツオレンジのお目々!!
神 作 画 ! !
「貴方様のファンでございまして。」
はい!言った!!任務完遂!一片の悔いなし!
エンディングだぞ、泣けよ!!
リアの笑顔が止まらない。
「あら、そうでしたの、ありがとう。でも、人に名前を尋ねる時は、自分も名乗るべきではなくて?庶民の方はそうなさらないのかしら?」
ニッコリと怒られた。
当たり前である。こちらはいつも拝見してますが、向こうはこちらを知らない。芸人さんとか漫画家さんと同じだ。
礼儀大切。
「こッ!これは失礼しました!!!」
×失礼しました
○失礼致しました
焦ってペコペコと頭を下げるリアに、ソフィアが優しい声で尋ねる。
「お名前は?」
なんて美しい声でしょう。
「私は、…リア・リトルスターと申します!どうぞよろしく!!」
ーーウワァーッ!!違う違う!!よろしくじゃない!!ソフィア様と仲良くなろうとすんな!!庶民がぁ!!!
何一つ上手くいかなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ゆるゆると本編スタートしたので、やっと用意してたあらすじと齟齬がない…感じに……?
なる??
なるかぁ…………???